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「From Coercion to Capitulation」が描く非軍事手段による台湾併合シナリオ

The American Enterprise Institute (AEI) と the Institute for the Study of War (ISW)の共同プロジェクト Coalition Defense of Taiwan によるレポート「From Coercion to Capitulation」https://www.aei.org/research-products/report/from-coercion-to-capitulation-how-china-can-take-taiwan-without-a-war/ )が公開されていた。
このレポートは中国の非軍事手段による台湾併合のシナリオの研究結果である。このレポートには軍事的手段を用いずに事実上台湾を支配することを可能とする方法と、それを防ぐ方法が提案されている。また、認知戦の役割と重要性が繰り返し書かれていて、この分野に関心のある方には必読といってよいだろう。

●概要

一部では中国が台湾に軍事侵攻する可能性を声高に主張する人々がいる。日本の有識者と呼ばれる方々に多いような気がするが、このレポートではその可能性を否定はしないが、低いとしている。今回のレポートによらずとも、中国にとって軍事侵攻の優先度が高いと考えるまっとうな専門家はほとんどいないような気がする。
中国は、政治軍事的な作戦=short-of-war coercion course of action(SoWC COA)を用いることで台湾やアメリカなどの行動をコントロールできる。ほとんど戦争状態という危機的状況を作り出し、強制的に行動を誘導するのだ。
2024年5月の総統選後に、この作戦は開始され、台湾が中国と平和協定を結ぶまで続く。最長2028年までと想定される。「cross-Strait peace commission」を創設し、オープンな対話を場を設けることを通じて、事実上台湾を統制できるようになる。

その目的を達成するために中国は4つのポイントを攻撃する。

1.アメリカと台湾の関係
飴と鞭で、アメリカと台湾の関係の強化が経済的、軍事的、心理的にデメリットを生むことを思い知らせる。
2.台湾行政機関にインフラ維持能力がないことを知らしめ、不信感を煽る。台湾のインフラをサイバー攻撃などの方法で麻痺させ、不信感を煽る。
3.心理戦、認知戦を展開し、抵抗の意思を削ぐ。
4.アメリカ国民と政治家の台湾支援意欲を削ぐ。

このレポートではアメリカを含む多くの国が中国の軍事侵攻の可能性に注目しているが、それは目くらましであると指摘している。作戦を効果的に進めるために、中国はあえて軍事侵攻を否定せず、むしろ軍事侵攻に注目が集まるような活動を行い、台湾に圧力をかけると同時に、アメリカなどがSoWC COAに気づかないようにしている。今回のレポートは中国の本来の狙いに対応するための台湾防衛策となっている。
軍事侵攻の優先度が低い理由についてもくわしく書いてあるので、納得できない方は一読をおすすめする。

本レポートでは中国が利用可能なSoWC COAのツールをどのように用いていくかというシナリオを2024年5月からのタイムラインで解説している。

「From Coercion to Capitulation」( https://www.aei.org/research-products/report/from-coercion-to-capitulation-how-china-can-take-taiwan-without-a-war/ )


一貫してアメリカや日本などの政治家やメディアが、軍事侵攻の脅威に過敏に反応することをうまく利用している。
このタイムラインはきわめて具体的であり、生々しい内容となっている。たとえば、2024年末には習近平が台湾統一に向けた演説を行い、軍事演習やリリースで米中戦争を煽りながら、その一方で中国外務省(MOFA)と商務省(MOFCOM)は、各国国家元首やビジネスリーダーとの会合を行い、中国には軍事侵攻の意図のないことを伝えて安心させ、緊張の高まりは日本、台湾、アメリカのためであると信じさせようとする。
2026年に入ると、靖国神社を訪れた中国観光客と日本人参拝者都の間で口論が争いが起き、中国人観光客を含む数人が負傷する事件が起きる。加工された動画が中国のSNSで拡散し、世界に広がる。中国観光省は日本国内における「反中感情」の高まりを理由に日本への渡航警告を発令。中国外務省は日本を責め立てる。

「From Coercion to Capitulation」( https://www.aei.org/research-products/report/from-coercion-to-capitulation-how-china-can-take-taiwan-without-a-war/ )


こうした影響工作の一方で軍事的脅威を煽り続け、それが最高潮に達する頃に、日本が核兵器開発に着手したという偽情報を流す。

「From Coercion to Capitulation」( https://www.aei.org/research-products/report/from-coercion-to-capitulation-how-china-can-take-taiwan-without-a-war/ )


シナリオは膨大なので紹介しきれないが、これくらい具体的な内容になっている。日本は主要なアクターではないが、重要な役割で登場する。

こうしたシナリオは複雑であり、個々の事象に注目していては全体像は見えないし、目標もつかめない。あらかじめ可能性のあるシナリオを想定し、それに備えることが重要である。今回のレポートでも、提言として対策が盛り込まれている。

●感想

日本では、中国の軍事侵攻を煽ったり、軍事的脅威を拡散する有識者がけっこういらっしゃるので、こういうレポートを読むとほっとする。中国にとって軍事侵攻の優先度は高くないし(もちろん可能性はある)、それだけに注目するのは危険だと以前から言ってきた。
個人的には2022年のペロシの訪台によって、中国がこのシナリオを実行しやすくなったと考えて射射る。軍事的レッドラインをあげるのはアメリカの過剰な反応を招くリスクもあるので、かなり慎重に行う必要がある。中国にとって、それがやりやすいのは台湾総統選で反中国の総統が当選した後だ。そこではある程度は許容される可能性が高い。アメリカからすると、反中国総統のプラス分は大きいので、中国の軍事的示威行動のマイナスを差し引いてもプラスになる。しかし、その2年前のペロシ訪台はアメリカからの過剰な反応なしに軍事的レッドラインをあげるチャンスとなった。これに合わせて、サイバー攻撃や認知戦も前倒しした可能性がある。
というのは私の個人的な感想だが、少なくとも中国がSoWC COA=ほとんど戦争状態での行動の強制を狙っているなら、渡りに船だったのは確かだ。あれで中国、台湾、アメリカの緊張は一気に高まった。
今回のレポートがどれくらい中国の狙いをとらえているかはわからないが、少なくとも考慮すべき可能性であるのは確かだろう。
また、このシナリオは「軍事行動は認知形成の重要な基盤である。認知戦は軍事行動と連携し、支え合う必要がある。軍事行動なしに認知戦のみでの勝利はない。」( https://note.com/ichi_twnovel/n/n4d7fdfc74c08 )とも一致する。

最近、このnoteでよくとりあげる誤・偽情報対策の見直しもこれと同じだ。誤・偽情報の脅威を煽ることで、効果のない対策を行わせ、その一方でパーセプション・ハッキングやデータボイド脆弱性という実効性のある対策を遅らせる。

総合的な視点で対策を考えないといけないんだけどなあ。

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