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ウクライナ侵攻から1年 権威主義的デジタル影響工作対策の有効性

ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、ウクライナ軍や国民の心は折れていないようだ。中国の認知戦の主たる目的は、「軍事的優位を政治的勝利にする」ことなのでこの点においてロシアのデジタル影響工作は効果をあげていないと行ってよいだろう。並行して行っているグローバルサウスなどへのデジタル影響工作は一定の成果をあげているようだが。
また、ロシア国内にあっても欧米を始めとする各国の猛烈な批判や報道にもかかわらずプーチンへの支持が大幅にダウンしてはいない。こちらもまた対抗策が機能している。

ウクライナとロシアの両国がどのような対抗策をとったかは拙著『ウクライナ侵攻と情報戦』に書いたが、簡単にご紹介するとネット監視と検閲およびネット以外での言論統制である。両国は侵攻前からすでにこれらを進めており、侵攻後さらに強化した。

●権威主義的デジタル影響工作対策とは

欧米型のデジタル影響工作対策は法規制、ファクトチェック、情報リテラシーおよび関係セクター(国民を含む)全てが意識を持って参加することが基本になっている。日本、韓国、台湾なども入るので欧米というか民主主義を標榜するグローバルノース主流派といった方がよいかもしれない。ただ、この方式は法規制の制定、体制の確立に時間がかかる。陰謀論者や白人至上主義、反ワクチンなど反主流派の協力を期待できないという欠点もある。

これに対して権威主義国では徹底した監視、行動誘導、賞罰システムによって他国からの干渉を防ぎ、同時に為政者が国内を世論を操作するための基盤としている。中国が代表例で下図のようなシステムを運用している。

『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』より

中国はこのシステムをさまざまな国に提供しており、ロシアも中国のシステムを参考にしている。ロシアも自国の監視システムを他国に販売しているが、中国ほど完成度は高くない。

グローバルノース主流派と中国型の違いは、社会全体の協力に基づく防御と、政府による管理に基づく防御という点だ。

●アメリカとヨーロッパの状況

アメリカとヨーロッパの国民のウクライナ侵攻に対する態度は大きくは変化していないものの、じょじょに温度差が目立ち始めている。

・アメリカの状況

PewResearchの調査によると、ウクライナ侵攻直後の2022年春、調査対象18カ国の成人の中央値は、プーチンに不信感を持っているのが90%、信頼できると答えたのは9%だった。プーチンに対する評価は多くの国で過去最低を記録した。一方、ゼレンスキーは各国指導者の中で最も多くのアメリカ国⺠から信頼を得ていた。

しかし、2022年3月から2023年1月にかけて、アメリカ人(特に共和党員)がこの戦争を米国にとっての大きな脅威とみなす割合が減少した。共和党員では、開戦当初の51%だったが、2023年1月には29%に減少した。
さらに米国がウクライナに過剰な支援をしていると考える傾向が強くなってきている。共和党員では、2022 年3月9%から2022年5月の17%、2022年9月の32%、2023年1月の40%へと大幅に増加した。2023年1月時点では、米国人の対ウクライナ支援に対する見方は分断されており、26%が「支援しすぎ」、31%が「妥当」、20%が「支援しなさすぎ」と回答している。

ギャラップ社によると、ウクライナ侵攻から1年、アメリカ人の39%がウクライナへの支援は適切だと答え、30%が十分ではないと答え、28%がやり過ぎだと答えている。また、ウクライナへの経済援助(71%)と軍事援助(72%)の継続を支持し、58%がたとえアメリカの家庭がガソリンや食料の価格を上げなければならないとしても、「必要なだけ」支援を継続する意向を持っている。ただし、アメリカ国民の多くはウクライナ侵攻を重要な外交問題のトップ5には入れていない。優先度は低い。

全体としてアメリカ世論はウクライナ支持、支援であり続けているが、じょじょにそれに疑問や不満をいただく割合が増加してきているようだ。

マイクロソフト社の6月と11月のレポートによればロシアのデジタル影響工作はアメリカの大手メディア並に浸透していたことがわかっている。


まだ結論を出すには時期尚早だが、ウクライナに対する支持は続いているもののアメリカ国民の意識の分断が進んでいることは確かなようだ。

・ヨーロッパの状況

ヨーロッパの状況については欧州外交評議会(European Council on Foreign Relations)および欧州議会が定期的に行っているEU内での世論調査の抄録の2つの最新版参考にした。また、「Expert Comment: Russia’s invasion of Ukraine and European public opinion」も参照した。

ヨーロッパは全体としてはウクライナ侵攻をきっかけに団結を強め、ウクライナ支持の姿勢を変化させていない。戦争は長く続くと考える割合が高く、外交努力によっての解決を望む声は多い。
その一方で、民主主義への満足度や自由への価値観はゆらいだ。アメリカが世界の覇権を取り戻すことはないだろうと考えている割合が高いこともわかった。
国によって温度差はあり、たとえばドイツやオーストリアではウクライナは国土の一部を失っても協議によって戦争を終わらすべきという声が多い。ドイツでは2月にウクライナに批判的な極右を含むグループが1万3千人が集会を行った。

国家間の結束は強まったものの、分断が悪化している印象を受けた。ドイツなどいくつかの国はそれが目立ち、過激なグループの言動が活発になりつつあるようだ。

また、ウクライナとは直接関係ないが、ドイツではクーデター未遂事件も起きている。

●アメリカとヨーロッパに仕掛けられた未秘のエコシステム

もともとアメリカとヨーロッパには、アメリカのSNSプラットフォーム、アドテック、陰謀論者たちと中露が結びついた未秘のエコシステムが存在している。

中国やロシアはアメリカ社会の混乱を拡大するために陰謀論者や白人至上主義者のグループの発言を拡散し、増加したアクセスに対してグーグルなどアドテックが広告料金を支払う。陰謀論者や白人至上主義者のグループは得た資金で仲間のリクルーティングや武装化を進める。仲間は増え、活動が活発になると発言も増え、それらをさらに中国とロシアが拡散し……という拡大再生産のループになる。中国とロシアは発言を拡散するだけでアメリカ国内の危険分子を増加させ、資金提供することができ、グーグルなどのアドテックは売上を伸ばすことができるという未秘のエコシステムである。
実際、コロナ禍において陰謀論者や白人至上主義者のグループは反ワクチンなどの発言を行い、それを中国とロシアが拡散し、広告収入が増加したことがわかっている。

これらが2021年1月6日のアメリカ連邦議事堂襲撃事件、ドイツのクーデター未遂事件、ブラジルの暴動の背景にある。アメリカとヨーロッパはその未秘のエコシステムを始めとする他国からの干渉と国内の問題を解決しなければならない。

●現時点で稼働し、成果をあげている権威主義的対策

アメリカとヨーロッパの状況は変化し、分断を悪化させており、アメリカでは共和党、ヨーロッパでは極右や陰謀論者が役割を果たしている。いずれも社会の内部に未秘のエコシステムを残したままになっている。アメリカとヨーロッパにはまだこの未秘のエコシステムをテイクダウンする方法論がない。もちろん問題はそれだけではなく、さまざまな方法で中国やロシアは干渉を試み、アメリカおよびヨーロッパ内部の危険分子は時には独自、時には中国やロシアの煽りにのって活動を継続、拡大している。一連の問題の対処には法規制による阻止や社会全体として対処する必要があるが、進化・変化の激しい新しい領域には追いつくのが難しい。
現時点で実際に稼働して成果をあげているのは権威主義的な管理システムだけと言える。ロシアとウクライナも不十分ながらも類似の仕組みを構築し、運用し、海外からの干渉の防御に成功している。ウクライナ侵攻から1年、図らずも中国など権威主義的な防御が有効であることをウクライナとロシアの双方が証明してみせたことになる。


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●出典

What public opinion surveys found in the first year of the war in Ukraine
FEBRUARY 23, 2023
https://www.pewresearch.org/fact-tank/2023/02/23/what-public-opinion-surveys-found-in-the-first-year-of-the-war-in-ukraine/

One year into the Ukraine war — What does the public think about American involvement in the world?
February 23, 2023
https://www.brookings.edu/blog/fixgov/2023/02/23/one-year-into-the-ukraine-war-what-does-the-public-think-about-american-involvement-in-the-world/

Thousands in Berlin attend 'naive' Ukraine peace rally
02/25/2023February 25, 2023
https://www.dw.com/en/thousands-in-berlin-attend-naive-ukraine-peace-rally/a-64818249

United West, divided from the rest: Global public opinion one year into Russia’s war on Ukraine
22 February 2023
https://ecfr.eu/publication/united-west-divided-from-the-rest-global-public-opinion-one-year-into-russias-war-on-ukraine/

Public opinion on the war in Ukraine
3月17日、
https://www.europarl.europa.eu/at-your-service/files/be-heard/eurobarometer/2022/public-opinion-on-the-war-in-ukraine/en-public-opinion-on-the-war-in-ukraine-20230316.pdf

Public opinion on the war in Ukraine
03 March 2023
https://www.europarl.europa.eu/at-your-service/files/be-heard/eurobarometer/2022/public-opinion-on-the-war-in-ukraine/en-public-opinion-on-the-war-in-ukraine-20230303.pdf

Expert Comment: Russia’s invasion of Ukraine and European public opinion
15 FEB 2023
https://www.ox.ac.uk/news/2023-02-15-expert-comment-russia-s-invasion-ukraine-and-european-public-opinion

Microsoft Digital Defense Report 2022
2022年11月4日
https://www.microsoft.com/en-us/security/business/microsoft-digital-defense-report-2022
マイクロソフトの最新レポートは盛りだくさんで勉強になる
https://note.com/ichi_twnovel/n/na3d192ad3bf0

Defending Ukraine: Early Lessons from the Cyber War
2022年6月22日
https://blogs.microsoft.com/on-the-issues/2022/06/22/defending-ukraine-early-lessons-from-the-cyber-war/
マイクロソフト社のレポートは影響工作に焦点を当てていた 「Defending Ukraine:Early Lessons from the Cyber War」
https://note.com/ichi_twnovel/n/n2cd93a5de9ab

グーグルがイスラエル政府に提供する1,680億円の監視システム=プロジェクト・ニンバス
https://note.com/ichi_twnovel/n/n0da963adc9c6

プロジェクト・ドラゴンフライ グーグルが中国に提供しようとしていた検閲機能つきサーチエンジン
https://note.com/ichi_twnovel/n/nfbc442281b86

グーグルが広告料金で支援する陰謀論や差別主義者サイトとアメリカのメディアエコシステム
https://note.com/ichi_twnovel/n/n197db671b2a6

世界各地で同時発生した反ワクチンから親ロ発言への転換
https://note.com/ichi_twnovel/n/nce3b3fc468a7

フェイスブックはエセ科学に騙されやすい人を狙い撃ちして広告を表示し、グーグルはフェイクへ誘導する広告を配信し、ツイッターはフェイク認定で分断を煽っていた
https://note.com/ichi_twnovel/n/nbd582392b864

コロナ禍を悪用するデマサイト
のインフラを提供するグーグルやフェイスブックなど大手IT企業
https://note.com/ichi_twnovel/n/n9fb1566cb300

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