日本の主権をオーディション勝者に与えた国家主権貸与機構
今回の講義のテーマは、統治権の移転の方法論として主流になりつつある国家主権貸与機構。みなさんがよくご存じの通り、この機構は日本の発案によるものであり、発足以来日本が指導的な役割を担ってきており、米中の軍事力に匹敵する国際的な影響力となっている。日本の復興の切り札であり、世界的にみても地政学的革命だったと言える。
*本稿はフィクションであり、疾病地政学に続くシリーズです。
●歴史的背景
疾病地政学の講義でも説明した通り、日本はコロナ対策の失敗で先進国の中でも特に致命的なダメージを受けた。特に経済の面での影響は大きく、かろうじてGDP世界3位に留まっていたものの、すぐにインドなど発展著しい各国に追い抜かれることは明らかだった。
その一方で長引くウクライナ紛争や台湾有事の緊張感の高まりから防衛力強化のための予算が多額の増税を原資として行われており、貧富の差の拡大とあいまって国内の不満は鬱積していた。
日本の危機的状況は海外から見ても明らかでアメリカを中心とする民主主義陣営は対日本支援策を模索するために日本政府と合同でシンクタンク新世界秩序機構を設立した。アメリカ、EU、日本の有識者を中心に組織されたメンバーは日本再生のためのプランを策定した。それが2026年に発表された国家主権貸与機構構想で、これはすぐに主要国の賛同を得て発足した。
●国家主権貸与機構とはなにか?
国家主権貸与機構は、文字通り国家主権を一定の期間を設けて他国あるいは機構が認める組織に貸与することである。貸与先は主権を貸与する国の国民が審査員となったオーディションによって決定される。
ここで言う国家主権とは、自らの意思で自由にその国の次の項目を決定、実行できる権利である。
民主主義国においては国家主権を持つのは国民であり、その付託を受けた政治家と行政組織が決定と実行を代行している。軍事、経済、医療、教育、外交、予算、通貨、立法、司法、左記に含まれない行政一式。
従来、国家主権の変更は軍事(軍事侵攻やクーデターを含む)と選挙および世代交代(子供や親族に権利を譲渡する)によるものがほとんどだった。また、他国の主権を自国が奪取する方法としては、ほぼ軍事のみと言えた。
国家主権貸与機構は新しい選択肢=オーディションによる期間を限定した主権の譲渡を加えた。
・オーディションの概要
オーディションでは参加者が、相手国の国家、国民に対して魅力的な提案をプレゼンテーションし、ネット投票によって決定する。投票の勝者が当該国の主権者=統治権を持つことになる。第2位となった参加者は新しい主権者がプレゼンテーション通りの内容の履行を監視する役割を担い、監視のための施設を常駐させることができる。合意があれば当該国の地方自治体の統治権を得ることもできる。
貸与期間は10年を最短とし、任意かつ国民の同意があれば延長も可能。
貸与期間中は、新しい主権者は当該国のGDPや人口などすべてを自国に算入できる。
なお、オーディションには単一国家として参加することもできるが、第一回国家主権獲得オーディションのように、EUとロシアのグループ、あるいは中国とNTTデータとトヨタの共同提案も可能である。第2回ではASEANがグループとして参加した。
●国家主権貸与機構の狙い
国家主権貸与機構第一の狙いは、日本の課題であった低レベルの政治の改善と軍事力の暴走の抑制にあった。文化的背景を鑑みると、どちらも日本自身で短期間に改善することは困難であった。短期間で改善しなければならない理由は後述する。
そのため他国が日本の政治と軍事を代行するのがもっとも現実的だったが、これは国家主権を侵害することになる。とはいえ、戦後日本は事実上アメリカに統治されていたとも言えるので実態が変わるわけではない。
後述するもうひとつの狙いと合わせて新世界秩序機構はオーディションによる国家主権委譲という結論に達した。
発表前に中露を始めとする各国政府に賛同を働きかける一方、大手メディアに情報をリークし、国際世論の操作を試みた。のちにニューヨーク・タイムズが「世界最大のデジタル影響工作」と呼んだ作戦だ。
その結果、主要国の賛同のもとに機構は発足し、同時に第1回つまり、日本の国家主権のオーディションが開催された。
皮肉のように聞こえるが、この時日本国民に対して提示されたメッセージは、「日本国は主権を民主的な方法で手放すことで、真の意味で独立国となれる」だった。戦後初めて、アメリカの日本統治状況を透明化することができたとも言える。同時にアメリカが日本を統治することによって得る権益の正当な見返りも要求することができるようになった。
●莫大な経済効果をもたらした第1回オーディション
オーディションに参加したのはアメリカ、EU+ロシア連合、中国+NTTデータ+トヨタ、およびアフリカ連合だった。プレゼンテーションは2週間におよび新世界秩序機構のネットサービス「ニューワールド」が独占配信した。ワールドカップやオリンピックを上回る視聴数で、新世界秩序機構のサイトへのアクセスは天文学的なものとなった。
「ニューワールド」は日本のサイバーエージェントとテレビ朝日、新世界秩序機構のサイトはスマートニュースが運営していたため、両社は1日にして世界的なネット企業となった。サイバーエージェントが行った国家主権くじは暗号通貨史上最高の売上となった。
第1回オーディションの経済効果は劇的だった。これによって、世界のネットビジネスにおける日本企業の存在感は飛躍的に向上した。
結果はほぼ出来レースだったが、アメリカが10年間の主権を獲得し、次点の中国+NTTデータ+トヨタは名古屋と大阪府の統治権を得た。
●第2回オーディションで明らかになった本当の狙い
国家主権貸与機構の狙いは表向き日本救済だったが、もうひとつ重要な狙いがあった。それは第1回の結果発表と同時に行われた第2回の告知で明らかとなった。
第2回オーディションの対象となったのは台湾だった。即座に中国とグーグルとテスラが共同で参加することを表明し、台湾有事の可能性はなくなった。事前に中国は調整を行っていた。
台湾が独立国であるかどうかについては国際的にも判断がわかれるが、実は中国、アメリカ、日本はいずれも立場は違うとはいえ独立国とはみなしていない。そして台湾の多くの市民もそれを望んではいなかった。しかし、中国政府以外は台湾が中国の一部となることには賛成していなかった。このねじれた不安定な状態を、そのまま安定的した状態にするための仕掛けが国家主権貸与機構だった。オーディション勝者の中国が台湾を統治し、次点となったアメリカと日本とオーストラリアが監視するという、これまでと同じ構造でありながら、国家主権貸与機構という仕組みがあることで透明化し、安定させることが可能となった。
これは非軍事的手段によって有事を未然に防ぐという新しい方法論の貴重な成功例となった。
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