見出し画像

泥の匂いとカニ雑炊

お母さんのお店は泥の匂いがした

家に帰るとぶっちゃん(常連)が昼間からビールを飲んでいた。
遅い昼食をとってこれから現場に戻るらしい。
このまちにあるお寺の近くに”ロープウェイ”が出来るらしくその為に山を削って池を埋めるしごとをぶっちゃんはしている。
日に焼けた浅黒い肌と独特の土の匂いがお店に広がっていた。

私はこの匂いがキライ
お母さんがせっかくお掃除したお店なのにいつも泥だらけにしてかえっていく
このぶっちゃんや連れてきたオジサンたちがキライ

家って言っても私の家はこの店の2階
1階は”スナック”っていうお酒を飲んだり歌を歌ったりする場所らしい

クラスの皆の”家”とは違うこの場所が私の普通、
だから私は小さいころから普通って言葉もキライ、私の普通は人と違うから

”お父さん”っていう人ももう何年も会ってない
むしろ家にいた時の”お父さん”は私に嫌な思い出しか残してくれなかったし
お母さんが泣いていた記憶の方が多いから

そう、私はこの”キライ”が多い
だからクラスのみんなともあまり馴染めない

そして幸せになれないのもなんとなく小さいころからわかってた
このままここにいてはいけない
一生懸命に勉強をしてお母さんと”普通の家”に住む事、
泥で汚れない、
夜中に歌も聞こえてこない、
2人だけでご飯を食べて
お風呂に行って
帰りには母さんの大好きなお酒を買ってあげる、、
それが私の夢だった

それだけは諦めたくなかった

夕方過ぎ、ぶっちゃんがいろんな人を連れてまたビールを飲みに来た

「おい、お前も食べるか?カニだぞ!」

私は2階に逃げた
だってぶっちゃんキライだもん
あの匂いと泥がキライ

それに今は宿題してる、それが終わったら勉強もしなければならない

記憶があるのはそこまで
どうやら寝てたらしい
気が付いたらお母さんの泣き声で目が覚めた

「(あれ?クラスのやす君のパパ)」

そう思って私はそのまま目をつむっていた
だってお母さんが泣いてるもん

下のお店はもう閉めちゃってて誰もいないみたい

シーンとしている、

でも泥の匂いがする

やす君のパパと私のお母さんはすごいケンカしてた

「毎回、酔うのはあなた、私は仕事でぶっちゃんとも仲がいいだけ!
疑うならあなたも奥さんから疑われてるんだからいいじゃないの!!!!
もうあの子も大きくなるんだから、この家だって出ていくのよ!」

そう言って泣いていた
お母さんは私が家を出て一人で生活すると思ってるらしかった

家を飛び出した私は夜道を歩いていた
まちは静かで時折”スナック”から笑い声が聞こえる

そして歌も聞こえる

あぁ嫌だ

私はこの町がキライ
そして今夜お母さんもキライになった

ふとロープウェイの工事現場の方に目をやると
誰かがいる事に気が付いた

ぶっちゃん、、、今から宿に戻るらしい

あぁあの匂いがする

泥の匂いだ

「なんだ、洋子の娘じゃないか。カニ食べるか?」

って言ったんだと思う。
酔っぱらっているのか
そんな風に聞こえた

そうだ、私はおなかがすいていた

学校から帰ってもお店はうるさくて近づきたくなかったから
いつもお店が終わってから
お母さんと食べていたんだった

「なんでこんな時間にいるんだ?ぶっちゃんが送ってやるから家に帰るんだぞ」

っといってぶっちゃんはカニの雑炊を片手に
家まで送ってくれた

あぁこの匂いもキライ
でも、、、、おなかがすいたんだ

店の後ろから中に入った

お母さんがかけてきて
「あんた、どこに行ってたの!!!!」

お母さんも酔っぱらっている

お母さんは泣いていた

2人でカニの雑炊を食べた

美味しくなかったし
ビニール袋にドロがついていたし

それでもやす君のパパが酔いつぶれて寝ている横で
お母さんと食べたカニの雑炊の味は忘れない

あれから、どれだけ月日が流れただろうか

私はもうあのまちにはいない

お母さんはあの後過ぐにガンに亡くなった
お酒を飲みすぎたんだろう
あっけなくお母さんは私の前からいなくなった

だから私はまちから出る事にしたんだ
だってもう身寄りもないし
どこにいたってひとりだもん

そう言いながらカニの匂いが沁みついた電車に乗ったのを覚えている

ここ数年、一緒にいる人がいる
賭け事ばかりしてるし特に何をしてくれるでもない
やす君のパパみたいに元々お金持ちなわけでもない

それでもそばにいてくれる
私にはそれだけで十分だ

私のまち、
今度その人と行ってみようと思ってる
お母さんにのお墓に報告したい事もあるし

私、来年、この人と家に住みます
お店じゃないよ、家だよ。


この記事が参加している募集

夏の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?