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【日記】私もここまでではなかった…ハズ

娘は私にそっくりだ。
『子供は自分の鏡』とはよく言ったもので、見た目はさておき、性格や言動が嫌というほど似ている。
言動に関しては、私の姿を見て真似をしている部分も多いにあるとは思うのだが、好きなものや保育園での様子が自分の幼い頃にそっくりなのだ。
育てていて目を瞑りたくなることもしばしば笑。

しかし、そんな娘にも、私とは違う、ツッコミどころ満載な変な部分がたくさんある。
今日はその一つをお伝えしたいと思う。

いくつかの選択肢があった時、次のような歌い出しの歌を歌って決めたことはないだろうか?
「どちらにしようかな 天の神様の言う通り…」

この続きは地方により色々言葉が変わるようだが、うちの娘は、私の生まれた地方での歌い方を聞いたが、覚えられなかったのか覚える気がなかったのか、独自の歌詞を作って歌っていた。

その時点で若干、
「いや、何度か聞いて覚えようとしようよ…」
と言いたくなるところだが、まぁ子供だし良しとしよう。

ではいざ、選択する場面で歌ったとしよう。
選択肢が2つにしろ3つにしろ、甲乙付け難いからその歌を歌ったハズなのだけれど…
娘は、歌の最後の一文字手前で音を伸ばし、歌い切らない状態にして「ん〜」と唸って悩み出す。
「いやいや、そこ悩むところじゃないから!」

そう言いたくなるのは私だけだろうか…?
「選択に悩んで歌に任せたのだから、悪あがきはよして、歌い切って選択しちゃいなさいよ…」

結局、娘の中では「(出来れば)これが良い」と決まっていたということだろう。
それなら、初めからそれを選べば良いのに…。


私は、判断材料が沢山あって優劣の判断が難しいという意味での優柔不断ではあるのだが、一度決めたら頑として動かない質で、何事にも白黒つけたいタイプだった。(中・高生になって中庸という考え方を知り、少しは柔軟になった笑)
だから、歌でこうと決めたらそれには必ず従っていたし、歌ったのに悩むというのは考えたこともなかった。

しかし娘は、その辺り、だいぶアバウトで例外OKな事例が沢山ある自由な考え方のようだ。
娘自身、それで良いないならそれで構わないのだが、付き合わされる方はたまったもんではない笑。私とは違った意味での優柔不断だ。

しかも、結局は「歌でこっちに決まったから」などという理由はなく、感覚で決めているわけだから、お友達など複数人での多数決になった際は喧嘩になりそうで心配だ…。

私の頑として動かないところはそっくりそのまま受け継いでしまったので、頑固でワガママというオプション付きで、更に心配だ…。

今のところ、保育園でお友達との大きなトラブルは聞かないが、家でだけその面が出ると言うことは、カナリの内弁慶と言えるのかもしれない。
しかし、のちのち仲良くなった子には、そういう面が出かねないということでもあると思うと恐ろしい…。
本人が気づいて直すか、そういう部分をも包み込んでくれるお友達に出逢えればいいのが…。

ん〜、このツッコミどころ満載の娘につき合いきれる、ツッコミ気質の相方が見つかると良いなと心から思う。

私自身も心に余裕がないと、日頃この自由な考え方のワガママ&ヘンテコリンなお嬢様にはついていけないので、そういう意味でも心の余裕が必要だなと感じる。

今度、ぐっと飲み込んだ娘へのツッコミのワードを書き残してみようかな。
何か想像もつかない発見があるかもしれない。
…娘のアホさを自覚するだけになるかもしれないが笑
彼女は我が家のムードメーカーだから、まぁアホならアホでも、必要なアホだと思うのだけれど。
これ以上アホアホいうと可哀想に思えてくるのでこの辺りにしよう。

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