恋人がサンタクロース

ストーブの暖かさで生ぬるくなった空気を吸い込み、ぼーっとしながらこたつでのんびりするのが極楽な、ある冬の日。これじゃあ典型的なちびまる子ちゃんの過ごし方だな、とこれまたぼーっとまどろみそうになっていると、玄関のベルが鳴った。


「えつこ、挨拶しなさーい。たかこちゃんよ」


居間でこたつに入っていた私は、いやいやながら抜け出す。
「はーい。」


まあたかこちゃんなら、よしとするか。会いたいし。そんなことを考えていた10歳の私は、かなり上から目線で、かなり生意気だった。

うわっ、廊下さむっ。冷蔵庫かよ。夏、冷蔵庫に入るのは歓迎だけど、冬はとても耐えられない。
「あ、えっちゃん。メリークリスマス!」ほがらかな笑顔のたかこちゃんが玄関口にいた。


「メリークリスマス。」

たかこちゃんは朝なのにいつもより生き生きした顔をしていた。すっぴんぽいけど、上気した頬が赤くてかわいい。昼間用のカジュアルなタートルネックと細身のストレートジーンズだけど、やっぱりおしゃれ。


「えりこ、もうちょっと愛想良くしたらどーなの。もー最近減らず口ばっかり叩くようになっちゃって誰に似たんだか。」

「そんなことないわ、えっちゃんは相変わらず可愛いわよ、おばさん。ちょっと世界を他の視点からみたいのよ。そういう時期ってあるよね、えっちゃん。」

おお、なにその表現。そんな大したものじゃなく、反抗期ってやつだよ。お母さん最近ぶーぶーうるさいし。たかこちゃんには、若干夢見がちなところがある。


「さあね。お母さんそれより料理大丈夫?何か作ってたじゃん。今日の夜用って。」
「ああそうだわ、それに今何時?ああやだ、相田さんちに電話するって約束してるのに。ごめんねたかこちゃんあんまりお構いできなくて。クリスマス楽しんでね。」
「ありがとうございます、ちかおばさん。」
パタパタとお母さんは台所に戻っていった。
「相田さんちの子の分のプレゼントも買ったんだよお母さん。相田さんは自営業で忙しいからって。きっとそれを昼間中に渡して、夜に相田サンタがくみちゃんとまさきの枕元に届けるってわけ。配達に失敗しないといいけど。」
「えっちゃんはもうサンタクロース信じてないの?クリスマスイブなのに、わくわくしてないの。」
「当たり前でしょ、わたしの友達も信じてないよ。どっちかっていうとプレゼントのために信じてるふりをしてる子が多いかも。わたしの場合は、お母さんたちももうバレてるの気づいてるけどもらえてるからラッキーだけど。」
「あらー、そう?んじゃあ私がえっちゃんにとっておきのことを教えちゃおうかな。耳貸して。でもね。今夜8時になれば、サンタがうちにやってくる。」
「なにそのおまじないみたいな言葉。サンタなんて絵本だけのお話よ。」
「でもね、大人になればあなたもわかるわよ、そのうちに。んじゃあね。そろそろ行かなくちゃ。ハッピークリスマス。」
たかこちゃんは私にウインクして去っていった。

たかこちゃんはもう大人なのにサンタが来るってわけ?そんなわけないじゃん。意味わかんない。


数軒先のおうちに住むたかこちゃんは、いつも私にいろんなことを教えてくれた。勉強でも流行りのファッションでも。今は大学に行ってて一人暮らししてるから、たまにしか会わなくなっちゃったけど、私の中の信用のおける大人、って感じなのに、今回教えてくれたことはよくわかんない。たかこちゃんのサンタは本物?私のところにくるエセサンタと違うわけ?それともたかこちゃん、まさかたかこちゃんちのパパとママにまだサンタを信じてるフリしてるとか?


「えりこ、ケーキ一口残ってるわよ。食べちゃいなさい。私が作ったの、美味しくなかった?」とお母さん。そう、もう今はクリスマスディナーの時間。ディナーなんてかっこつけてみたけど、チキンとお母さん手作りのケーキ。これがうちの鉄板。

もー、いつも私が考えてる時に突然割り込んでくる。でも文句は言うまい。今日はクリスマスだし反抗はやめておこうと思ってたから。
「はいはい。大丈夫、ちゃんと美味しいよ。」
「なんなのそれ。お父さんみたいに、ちゃんと褒めてくれないのね。これじゃあどっちも男みたい。」
「まあまあ、いいじゃないか。こんなにぺろっと食べたんだから、えりこの好みの味だったんだろ。俺にも美味しく感じたし。やっぱりお母さんの料理が一番だなあ。本当にそう思うよ。」
お父さんはいつも絶妙なタイミングで私をフォローしてくれる。けどファッションとかの話が一緒にできるわけじゃないし、どちらかとかいうとお母さんの着せ替え人形になってる。センスないから。そこが残念。
「ありがとう、〇〇さん。じゃあ片付けちゃうわね、お皿。」
まあこれでも昔よりうちの両親はラブラブしてない。私が嫌がるから。同級生には親が仲いいの羨ましがられるけど、なにがいいんだか。
クリスマスソングが時計から流れた。8時だ。私はちょっと部屋に行ってくると言って、席を立った。
「なあにー、くつ下の確認?やっぱりえりこもまだサンタクロースが楽しみなのね。」
お母さんはまた余計な一言を言う。でも構ってられない。たかこちゃんの言うサンタがいるならみてみたいし。カチンときたけど我慢して階段を上って自分の部屋に着いた。ここからはたかこちゃんちが見える。玄関には雪が積もってる。今年は雪が多いって朝の天気予報でも言ってたっけ。雪が降るクリスマスはホワイトクリスマスっていうのよ、って前にたかこちゃんが教えてくれたのを思い出す。
外は暗闇で、街灯の光しかない。風がびゅんびゅん吹いてる。ここにサンタが来ちゃったりするわけ?たかこちゃんはソリでトナカイ連れてくるとは言わなかったよな、まあそれはないでしょ。トナカイが日本の住宅地にいたらびっくりだし。


とか思ってたら、車の赤いランプが向こうからぐんぐん近づいてきて、クリスマスケーキにのってた大きないちごみたいで、たかこちゃんちの前に止まった。車も雪をかぶってる。少ししてから、中から背の高い人が降りてきた。サンタの帽子かぶってる。パーティー用とかの、軽いやつ。それに普段着。暗めの色のコート。

出てくるまでの間、きっと帽子かぶってたんだな。そんなことを思っていたらたかこちゃんが玄関から出てきた。え、あの人がたかこちゃんのサンタ?あれって確か、、たかこちゃんの高校のときの友達だ。あ、彼氏に昇格って笑いながら写真を見せてくれたっけ。背が高いのが唯一見た目でカッコいいとこだって笑いながら言ってた。でも優しそうな人。車の後部座席にプレゼントの包み紙が見えていた。
サンタクロースはあの人か。


あれからいくつ冬がめぐり来たでしょう。今もたかこちゃんを思い出すけど、あれからちょっとして、そのサンタと結婚して、彼がたかこちゃんを遠い街へと連れて行ったきり。


こたつに入ってたら、そんな昔のことを思い出した。
今は私も、実家から離れた都会の壁の薄いアパートに住んでいる。そう、今まさに私のサンタを待ってるってわけ。来るのは明日、、のはず。寝落ちしなきゃいいな、てかしちゃダメだ、と気合を入れなおす。クリスマス用に買ったパックを取り出す。
明日は寒くなるらしい。プレゼント、忘れてないよね。私のサンタは忘れっぽいのだ。

ついに来たこの日。やめていたタバコを一本だけ吸っちゃって、急いで匂いを落とす。たかこちゃんを思い出してたら、一服だけしたくなっちゃったのだ。洗面所の鏡で見えた自分は、あの時のたかこちゃんと同じくらいの年なのに、程遠い。この前実家に帰ったら、お母さんがこの前たかこちゃんと会ったって話をしてくれた。久しぶりにお隣のたかこちゃんちに帰ってきてたらしい。サンタと子サンタを連れて。たかこちゃんは未だにおしゃれで、私にって香水を残して行った。嗅いでみる。いい匂い。お母さんは私に渡す前に一回嗅いだらしい。若い香りねって、私の時にはこんなのはつけなかったって言ってた。相変わらずなんだから。鏡の前で身だしなみを整える。まだかな。まだかな。


プップー。聞きなれたエンジン音。私のところにもサンタがようやく来たみたい。

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