未婚なりすましの嫁に不貞の慰謝料を請求されて、弁護士でもないのに自分で法廷に立った逆転裁判オタク女の話

 彼女が本名を教えてくれたためこの証言を答弁書に突きつけることにした。裁判所の記録にも彼女の名前は残っているはず。もし他にも同じ判例がたくさん出てくれば裁判所も黙っていないのではないか。私はナルホドくんのように次々と矛盾を指摘できるほど頭が切れるわけではないが、戦えるのではないか。

 しかし相手はその答弁書を『不知』の2文字のみで片付けた。甘ーい!甘すぎるよ。凍らせたスポーツドリンクの最初の溶けかけの部分くらい甘いよ!という某芸人のネタが聞こえた。ストレスによる幻聴。ここまでのやりとりで1年が経過していた。他に協力者もいない私は覚悟を決めなくてはならなかった。

 1円でも出すのは悔しいが、せめて弁護士への手付金くらいは払って和解する覚悟だ。相手は頑なに300万円を要求しているが無いところからは出せない。金が無い演出をする必要があった。幸い弁護士の権限で調べられるゆうちょ口座は上京と同時に0円になったままで、念のため全財産は全て引き出した。

 仕事を辞めて1年経っても私は仕事をしていなかった。贅沢をしなければ貯金だけで生活できる蓄えはあった。しかし最低限の和解金しか払いたくない私は金がないと言い続けた。遂に出廷命令を受けた霞ヶ関デビューの日、まず駅のトイレで持参した皺だらけのスーツに着替え髪をぐしゃぐしゃに逆立てた。

 髪は5日間洗うのを我慢した。法廷に入ると裁判長も弁護人も脳面を貼り付けたような顔でこちらを見ていたが、内心ギョッとしていたに違いない。「同情するなら減額してくれ!」という一心での安達祐実も真っ青の一芝居だったのだが、私は『THE・関わってはいけない女』を見事に体現していたのである。

 その頃にはナルホドくんになろうなんて厚かましい気持ちは微塵も残っおらず、最低限の金額で和解してこの面倒な生活を早く終わらせたかった。できれば30万以下で。ここで冒頭の裁判長からの言葉に戻る。被告人と呼ばれた私は「お金がなくてェ……」と項垂れ、閉廷。数日後に80万での和解を提案された。

 220万の値下がり。しかしこちとら被害者ぞ。無論、要求は飲まずに答弁書のやり取りが続き、2度目の法廷。特に進展もなくそのまま閉廷するかと思いきや、裁判長が最後に「橋本幸さんが300万円を原告に支払った記録がありました」と私と相手の弁護士に告げた。橋本?……あのCanCamモデル似の美女だ!!

 「裁判長、調べてくれたのね!私が18日かけて書いた答弁書、読んでるか不安だったけど読んでいてくれたのねェ〜〜!!ハグしてもいーい!??」と二丁目のママよろしく心の中で裁判長にラブコールを送った。相手の弁護人は嫁と話し合いを重ねたようで、異例の20万円という破格で和解を申し込まれた。

 嫁から弁護人への着手金よりも安いであろう20万円を「ハイ喜んで!」と言いながらゆうちょに入金し相手の口座に振込んだ。この戦いが終わるまで実に1年8ヶ月。常に弱みや粗を探されてるのではないか、あの夫婦から監視されてるのではないかという恐怖で眠れない夜もあった。しかし私はやり遂げた。

 身に覚えのない『被告』呼ばわりをされた日から素人なりに身一つでやり遂げた。その達成感を以ってして、ここまで読んでくださった方の中に「さっさと弁護士つければいいのに」と思った方はいるだろうか?私は思った。正気か?私。何を考えていたんだ。「意義あり」とかも言えなかったし。正気か?

 数年後、友人の彼氏として紹介された弁護士にこの話をしたら大変興味を持ってくれた。折角なので私が作った答弁書を見せると「本当に石川さんがこれを書いたの……?本当に……?」と彼は目を白黒させ、熱烈な勢いで秘書としての勧誘を受けた。もちろん私は全力で、丁重にお断りさせていただいた。(完)

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