"笑い顔"を胸にトラックを駆ける。
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"笑い顔"を胸にトラックを駆ける。

関西学連のnote、第2走は今年6月に行われた第105回日本陸上競技選手権大会で女子100m2位、女子200m4位で見事ダブル入賞を果たした立命館大学の壹岐あいこさんです!(写真 左:姉の壹岐いちこさん 右:壹岐あいこさん)

壹岐さんの100m自己ベストは先日行われたAthlete Night Games in FUKUIで記録した関西学生記録歴代2位の11″58。時速で言うと約30km。彼女が普段移動手段として使っているという原付と同じくらいのスピードで走ります。

「陸上競技しかやってこなかったんです。」

ただ純粋に速く走る。単純だけれど、とても奥が深い陸上競技の面白さに心を打たれ、世代トップから日本のトップレベルまで着々と成長し、本気で日本一、世界を目指す壹岐さんの陸上人生について聞いてみました。

1. 一番になりたかった

今や日本陸上界のトップを走る壹岐さんが、陸上競技と出会ったのは小学5年生でした。これまで、運動会やマラソン大会などでは同級生の中でも良い結果を残してきましたが、いつも2位が多かったそうです。「やっぱりやるからには1位を取りたい」と思い、地元滋賀県大津市のびわこランナーズクラブに入ります。陸上競技を始めたきっかけとして、姉の壹岐いちこさん(現:ユティック)の影響は「中学校で楽しそうに陸上をしている姿を見ていて、それが少なからず影響しています」と答えてくれました。

クラブでは、夏は100m、冬は1000mを走る練習を楽しみながら取り組み、今にも繋がる多くの経験を積みました。壹岐さんにとって、1000mのような長い距離は苦手意識が強い一方、距離が短く、自分の力を発揮できる100mへの適正を感じ、そこから短距離を専門に陸上競技に取り組むようになりました。壹岐さんに100mの良さを聞くと、「住友電工で走られている多田修平さんのように前半から飛び抜けるタイプと後半から追い上げてくるタイプなど、短い100mの中でも人によって走り方が違って面白いところです。私はどちらかと言うと、後半から追い上げるタイプのほうだと思ってます。(笑)」と教えてくれました。

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私の陸上競技人生の"原点"

壹岐さんは今も陸上競技を続けられていて、こんなにも楽しむことができているという、その理由は、とてもパワフルで、生徒と一緒に練習をし生徒と同じ目線に立ってくれる「先生」の存在があったからだと語ってくれました。壹岐さんは元々別の中学校で姉のいちこさんを教えていた、その先生のいる大津市立南郷中学校へ進学します。「先生に出会えてなかったら、陸上競技を純粋に楽しめていなかったし、日本一を目指すこともなかったかもしれない」というほど先生に出会えたことは壹岐さんにとって大きな出会いでした。

そんな南郷中学時代、2年生では、香川県で行われた全日本中学校陸上競技選手権大会(以下、全中)の4×100mリレーで初めての日本一を経験します。3年生の北海道全中では200mで優勝、100m5位、4×100mリレーでは2位でした。二度の日本一を掴み取った壹岐さんは「中学での陸上競技は陸上人生のターニングポイントだった」と語ります。この中学時代は、これから世界を目指していく壹岐さんにとっての”原点”だったのです。

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バトンを繋ぐ面白さ

「リレーをやりたい、リレーで勝ちたい」そう語ってくれた壹岐さんは、中学校を卒業後、京都市伏見区にある京都橘高校へ、中学時代の同級生である福林春香さん(現:園田学園女子大)と共に進学します。壹岐さんと同じ滋賀県の先輩である吉野史織さん(現:大阪成蹊大)や姫野万里乃さん(現:園田学園女子大)も進学していたことが、壹岐さんが京都橘高校に進学する大きな理由になりました。

高校時代、壹岐さんは1年生からインターハイに出場します。リレーで勝ちたい。強い想いはチームを鼓舞し、4×100mリレーでは1年生で4位、2年生では2位の素晴らしい結果を残しました。そして3年目のインターハイの舞台で、壹岐さんは200mで23″78の好タイムをたたき出し、もう一度小さい頃から夢見ていた1番を獲得しました。さらに、この年の壹岐さん、京都橘高校は絶好調で100m6位、4×100mリレーで2位、4×400mリレーで3位の4種目入賞を果たしました。

2.ニシノエンジを背負って

「高校生のときから、浅井前監督に猛プッシュされていました(笑)」と言う壹岐さんは、押しに押された立命館大学へ。関東の大学への進学も少し考えたことがあるという壹岐さんですが、地元で実家から通えるということ、監督からの猛プッシュに加え、そして何よりもリレーをやりたいと思い立命館大学へ進学しました。先輩には、姉のいちこさんや100mHで活躍する田中佑美さん(現:富士通)、同級生にも100mの臼井文音さんや100mHの宍戸梨瑚さんといったレベルの高い中で競技を続けられることも魅力だったと言います。

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高いレベルの選手層を誇る立命館大学ですが、その秘訣は自分達で考え行動する「自主性」にあると言います。中高では、与えられた練習メニューをこなしていくということに比べ、立命館大学では、学生たち自らで練習メニューを考えこなしていきます。壹岐さんにとって、自分で作り上げて練習をすることは初めての経験で、最初は戸惑いや不安もあったそうです。しかし、「自主性」について身を持って学ぶことで、自分にあった練習を行うことができ、成長し、陸上競技との向き合い方も少しずつ変化していきます。それが、今の壹岐さんの強さに繋がっているそうです。

その壹岐さんをはじめ、部員全員に「自主性」を浸透させ、今にも続く立命館大学の基礎を作ったのが前監督の浅井明輝さんでした。

大好きな人から学んだこと

「みんな監督のことが大好きなんです。そして、監督も陸上競技部のこと、私たちのことが大好きなんだと思うんです。」

浅井監督についてお話しを聞いたとき、はじめに壹岐さんが口にした言葉でした。浅井監督は立命館大学の総監督と女子部の監督を務める傍ら、大阪で経営者としても働かれていたそうです。週に3回は大阪から練習場所の滋賀まで足を運び、競技場に顔を出して部員とのコミュニケーションを欠かさなかったといいます。いつも気にかけてくれる監督だからこそ、愛情が一方通行ではなく、ずっと良い関係を築くことができ、部員みんなも浅井監督のことが大好きだといいます。

そんな浅井前監督との一番の思い出は、2019年の日本選手権リレーで4×100mリレー、4×400mリレーの二種目で優勝し、浅井監督に8個の大きなライオンの金メダルをかけることができたことだと壹岐さんは話してくれました。こうして結果として記録を残すことも浅井監督への恩返しになるのです。

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100m、200mともに走れて、チームのエースである壹岐さんは個人種目だけではなく、リレーやマイルリレーにも出場しており、インカレのようにタイトなスケジュールの大会では、一日に3本以上も走ることがあります。そんな身体的にも精神的にも厳しい時に、浅井前監督が何度も言っていたのが"笑い顔"という言葉でした。「スタート前で緊張しているとき、苦しいときこそ”笑い顔”を思い出すと、いつもリラックスできるんです」と言う壹岐さん。浅井監督からもらった”笑い顔”は壹岐さんにとって、浅井監督の教え子みんなにとって、いつも自分を、いつもみんなを助けてくれる大切な言葉だそうです。壹岐さんはインタビュー中も常に明るく和気あいあいとした雰囲気で、まさに”笑い顔”を象徴するような方でした。この言葉以外にも、浅井前監督から学んだことは多くあり、感謝しても足りないと何度も語ってくれました。壹岐さんはこの”笑い顔”ともに、今年、埼玉・熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で開催される学生にとって1番大きく大切な試合、学生ナンバーワンを決める日本インカレに進んでいきます。 

3.”笑い顔"を胸に挑んだ日本インカレ

2021年9月17日。
埼玉県熊谷市にて開催された第90回日本学生陸上競技対校選手権(以下、日本インカレ)。
これがもう一つの恩返しのスタートでした。

9月17日、100mのスタートラインに壹岐さんは立ちました。感染症の影響により無観客開催で行われた日本インカレ。インタビューでは「立命館のみんなは監督のために頑張るよ〜、みんな燃えてるよ〜」と明るく話してくれましたが、スタートラインに立つ壹岐さんは胸に手をあて、どこか不安を感じさせる表情でした。しかし、レーン紹介されると普段通りの壹岐さんの姿がそこにはありました。

仲間から受け取った沢山の思いと監督への特別な思いを抱いて・・・。3日間で100m、200mを予選、準決勝、決勝と3本ずつ、4×100mリレーを予選と決勝の2本、そして4×400mリレーの決勝も壹岐さんは走り抜きました。結果は100m、200m、4×100mリレーで2位、そして最後に挑んだ4×400mリレーでは立命館大学が初優勝を掴んだのです。見事日本インカレではトラック優勝を勝ち取り、4度目の正直、壹岐さんは監督へ二つ目の恩返しを果たすことができました。

4.愛猫の支え

トラックでは(可愛い姿からは想像できないぐらい)とてもかっこいい壹岐さんですが、その壹岐さんの私生活を覗くと、猫を溺愛している一面もあります。昨年のコロナでの自粛期間に子猫を3匹拾い、1匹を実家、1匹を姉の家、1匹を姉の職場で飼っています。壹岐さんが実家で飼っている猫の名前はことらと言い、壹岐さんが溺愛するあまり、「私からかまいすぎて、よく無視されるんです(笑)」と教えてくれました。壹岐さんは試合や合宿など遠征すると、ことらに会えなくなるため必ず家族に写真を送ってもらって癒されているそうです。もうことらは壹岐さんにとって、なくてはならない存在なのです。また、姉のいちこさんととても仲が良く、毎日LINEで連絡を取り合っていて、お互いで飼っている猫の写真を送りあったり、ショッピングの話をしたりとほとんどがプライベートの話ばかりだそうです。

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5.一番になるまでは

日本の女子短距離界は、大学生を中心に熾烈な争いが繰り広げられる戦力図となっています。たった0.01秒の差で評価が変わってしまう陸上競技の面白さと残酷さを身をもって体験した壹岐さんですが、幼少期の頃からの「一番になりたい」という壹岐さんの思いは今も変わっていません。簡単には会えない存在となってしまった監督に、今でも試合の報告は必ず欠かしません。その監督から学んだ"笑い顔"を胸にこれからも彼女は走り続けます。

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関西学生陸上競技連盟の公式noteです。 #ドラマはピストルが鳴る前から始まっている