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優等生がとつぜん学校に来なくなったのは ~思いを引き出す関わり(解説編)~【交流分析for Teacher⑥】

「交流分析 for Teacher」シリーズ記事では、学校現場の事例について交流分析を通した解釈を書いています。子どもたちと向き合うためのヒントにしていただけたら幸いです。

この記事は、以下の記事(事例編)の解説にあたります。

この関わりの良さは何でしょう?
S太くんが良い方向に変わるのを信頼して待っていたこと、そして親御さんにも関わりの方法を提案したことなど、いろいろありますが、
交流分析の視点からいうと
「A(大人)の自我状態で関わった」
というところが重要なポイントだと考えられます。

言い換えると、T村先生に「抜群の発問力があった」ということです。


5つの自我状態

私たちは誰でも「5つの自我状態のエネルギー」を持っています。

どのエネルギーが高く、またどのエネルギーが低いかは人によって違っています。それぞれのエネルギーの量をグラフに表したものを「エゴグラム」といいます。

エゴグラムについて、くわしくはこちらのマガジンに書いています。

憂うつになりやすい「谷型エゴグラム」

高校一年生のS太くんのエゴグラムは、たぶんCPとACが高い「谷型」です。「CPとACが高い」とはどのようなことなのか、順に解説していきます。

谷型エゴグラム

CP(支配的な親)の自我状態とは

CPは「支配的な親の自我状態」です。

CPのエネルギーには、自分に厳しく、ルールや規範を守るという長所があります。

S太くんはとても頑張り屋さんで、勉強も部活も一生懸命で、高校に入った時も優秀な成績でした。学校も「休んではいけないものだ」と思っていたそうです。だからおそらくCPのエネルギーが高かったのだと思います。

AC(順応した子ども)の自我状態とは

ACは「順応した子どもの自我状態」です。

ACのエネルギーには協調性をもって周囲に適応しながらやっていくという長所があります。
ACのエネルギーが高くなりすぎると、「ノーと言えない」「相手の顔色を常にうかがってしまう」などの短所も出てきます。

子どもは0~3歳くらいまでのうちに、養育者との関わりの中でACのエネルギーを形成します。養育者からの愛情を失わないために、自然の自分を抑えて相手の枠におさまることをしだいに学んでいきます。
ACのエネルギーは本当の自分を抑えて周囲に適応していくために必要ではあるのですが、このエネルギーが高くなりすぎると本当の自分を抑えすぎて感情がうまく表現できなくなってしまうこともあります。その結果、ストレートに感情を表現せず、すねたり、ひねくれたり、うらんだり、あるいは突然かんしゃくを起こしてしまったりします。

高校一年生の頃のS太くんは、本当の自分の気持ちを親に伝えるかわりに家のふすまを壊したり、教科書を庭に埋めたりといった行動を起こしました。
その反面「学校は行かなくてはいけないもの」と信じており、T村先生が「明日は学校に行かなくてもいい」というと「学校の先生がそんなこと言っていいの?」と言っていました。
T村先生が「行かなくてもいい」というと、「うれしさと不安が入り混じったような顔」をしていましたが、「うれしい(ホッとした)」のが本当の気持ちで、「不安」はACの自我状態がS太くんに感じさせている気持ちです。
家で暴れた事件のあとも、直接親に逆らうことはできず、お父さんのこととなるとひたすら「従うしかない」という感じだったのも、ACのエネルギーが高いことからくる反応です。

「谷型エゴグラム」のまま社会人になると…

S太くんのようにCPとACが高い「谷型エゴグラム」のまま社会に出ると、とても苦しくなります。

こうしたエゴグラムの人は、義務やルールに厳しいのに「ノー」と言えないというところがあります。憂鬱になったり、心を病んでしまったりする人もいます。そこを変えていったのが、T村先生の関わりです。

A(大人の自我状態)のエネルギーを高める

悩みや不安が少なく、つらいことがあっても乗り越えていける、理想のエゴグラムとは何でしょうか?
それは、Aが最も高い「山型エゴグラム」です。

山型エゴグラムの人は、A(大人の自我状態)が他の自我状態をコントロールできるため、どのエネルギーもうまくコントロールできます。

高校一年生のS太くんは(おそらく)山型とは真逆の谷型エゴグラムでした。
どうやって谷型を山型に変えていけば良いのかというと、一番簡単なのはAのエネルギーを高めることです。エネルギーの総量は一人一人決まっています。だから低いところを上げていくと、相対的に高いところは低くなっていきます。

S太くんの場合は、Aを高めるとCPとACが自動的に下がっていくはずです。

A(大人の自我状態)の特徴

Aのエネルギーの特徴は「冷静さと客観性」です。

Aのエネルギーが高ければ、冷静さ・客観性にもとづき次のようなアクションができます。

事実の分析。計画する。考える。気づく。
アイデアを練る。選択する。判断する。決定する。

はじめて学校を一週間休んでしまった時のS太くんは、自分でもどうして学校を休んだのか分かっていませんでした。だから、T村先生に理由を尋ねられても答えることができませんでした。この時S太くんはAのエネルギーを使えていません。

S太くんがA(大人の自我状態)のエネルギーを使えない理由

Aのエネルギーは6~9歳ごろから形成され始め、その後の人生を通して高まり続けていきます。S太くんの年齢だと、Aのエネルギーがもっと使えるようになっていてもいいはずです。

成績優秀だったのに、なぜS太くんはAのエネルギーを使えないのでしょうか?それは(この話の中だけで推測すると)おそらくお父さんの関わりが原因です。

お父さんはS太くんが小学生の時、宿題を間違えると定規でピシッと手をたたくという方法で間違いを指摘していたということです。このやりとりでは、P(大人の自我状態)からC(子どもの自我状態)に矢印が向けられています。

S太くんからすると、C(子ども)の自我状態ばかり刺激されることになるので、その結果Aのエネルギーがあまり高まらず、代わりにACが高くなってしまったのだと考えられます。

A(大人の自我状態)への刺激を与えたT村先生の質問

お父さんとのやりとりと、T村先生とのやりとりはどこが違うのでしょうか?
T村先生はS太くんに4W1Hの質問をしています。4W1Hとは、5W1Hから「なぜ?(Why)」を除いた5つの疑問詞です。

「4W1H」のストローク
When(それはいつ?)Where(それはどこだったの?)
Who(それは誰?)What(それは何?)
How(どれくらい?どんなふうだった?)

「4W1H」のストロークを使う人は、冷静さ・客観性を備えたAのエネルギーが高い人です。「4W1H」のストロークを与えることは、相手のA(大人の自我状態)を刺激することにもなります。

Why(なぜ?)と問うと、答えるのが難しすぎて相手が困ってしまうこともあるので、「4W1H」からは外してあります。状況によっては「なぜそんなことしたんだ?」という問いが、相手を責めることにもなってしまいます。(相手を責める目的ではなく、相手が理由を考えられそうなときに興味を持って「なぜ?」と聞くのはOKです。)

詳しくはこちらのマガジン記事に書いています。

T村先生がS太くんに向けた質問をもう一度見てみましょう。

(T村先生)「S太は勉強も部活もあんなにがんばってたのに、一週間休んだのはどうして?」(Why)
 →(S太くん)「それは、自分でもよく分からなくて」
(T村先生)「家で何か困ってることあるの?」(What)
 →(S太くん)「…お父さんがきびしくて」
(T村先生)「お父さんはどんなふうに厳しいの?」(How)

優等生がとつぜん学校に来なくなったのは ~思いを引き出す関わり(事例編)~【交流分析for Teacher⑤】より

最初に"Why"で尋ねてみて、S太くんが答えられなかったのでそのあとすぐに他の疑問詞に切り替えています。すると、S太くんから答えが返ってくるようになりました。

T村先生はこのような質問のバリエーションをたくさん持っている先生です。生徒の様子を見て、さまざまな質問をその時の直感でどんどん思いつけるそうです。T村先生はとても「発問力」のある先生です。

教師が大事にしている「発問力」

「発問」というのは、授業中に教師が子どもに向かって問いかけることを指します。教師の仕事の中心は授業ですが、授業の中で「どんな発問をするか」を考えるのは、授業づくりの大切なポイントです。

いい発問ができると授業はうまく進みますが、発問のしかたが悪いと「しーん」としてしまったり、子どもの考えをうまく引き出せなかったりします。

「発問してみて、ダメだったら次々にいろんな問いかけ方を考える」のが大事だと私は思います。授業だけじゃなくて、生徒指導やほかのいろいろな場面でも同じです。
T村先生は発問がとても上手な先生のようです。だから、生徒はT村先生に心を開いて話すことができるのだと思います。(私もT村先生と話していると、なんだかたくさん話したくなります。)

環境を整えること

事例編をよく読んでいただくと分かると思いますが、T村先生はS太くんの気持ちを聞く前に、落ち着いて話ができるような環境を整えています。

押し入れの中は「暑いから出ておいで」と言ったり、「先生のうちへ来てゆっくり話するか?お父さんお母さんの前だと話しづらいこともあるだろうから」と言ったり。
温度や場所に配慮しつつ、彼が「空腹かどうか」にも配慮しています。
T村先生の家につくとおにぎりを出してあげたり、翌日の夕食後に二人で話したりしていましたよね。

このように相手を受容し、いたわるのはNP(養育的な親の自我状態)のエネルギーです。

T村先生は4W1Hの質問力があるので、A(大人の自我状態)のエネルギーが高い人だと言えますが、同時にNPのエネルギーも高い人のようです。S太くんとのやりとりの時は、AのエネルギーにNPのエネルギーも加えて交流していました。

冷静さ・客観性を備えたA(大人の自我状態)のエネルギーは問題解決のためには非常に役に立ちますが、Aのエネルギーだけを単独で使うと、あまり人間味がなく冷たくて「ただの計算高い人」みたいになってしまいます。

この事例では、押し入れの中にいるS太くんと話をしたり、空腹のときに4W1Hで質問したりしても、たぶんあまり良い会話にはならなかったでしょう。ただ冷静なだけでは事情聴取みたいな感じになってしまい、お互い緊張が解けません。
環境を整え、その上で信頼を示しながら話を聞く場を作ったのが良かったのだと考えられます。

お父さんを「乗り越え始めた」のは…

「やっぱり、なかなか親父は乗り越えれん。親父はすごい」

この言葉を聞いて、T村先生はS太くんがお父さんを「自分と同じ社会人」として対等に、そして客観的に見られるようになったのだと思ったそうです。「客観視できる」ということは、A(大人の自我状態)のエネルギーが高くなってきているということですね。

高校一年生のS太くんはお父さんをただ「こわい」と感じていただけで、その気持ちを表現することもなく、ただただ親の言うことに従ってきただけでした。それに対して社会人のS太くんは、自分の感じていることについて洞察し、さまざまなことを客観的に見られるようになってきているようです。

S太くんは会社に就職してからも、悩み事やストレスを抱えると「また高校のときみたいに、会社を休むようになったらどうしよう…」と悩むこともあったそうです。しかし高校生の時のように態度で表したり体調が悪くなったりはせず、人に相談したり、話を聞いてもらったりして乗り越えてきたようでした。

T村先生は教え子に対して、「こういうふうにしなさい」とか「こう考えなさい」というよりも、「自分で決めていけ」というスタンスで接してきたそうです。

教え子を信頼して「待つこと」。それが愛であり、時間がかかってもじっくりとその「愛」を伝えていくことが大切だ。T村先生はそう考えています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

参考資料:『わかりやすい交流分析 Transactional Analysis SERIES 1』 中村和子 杉田峰康著



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