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メロンゲの気持ち

土曜日の昼下がり、少し、いや、だいぶ遅く起きた土曜日、
何をすることもなく、ダラダラと流れているテレビなんぞを、
ダラダラと見ていた。

「よ~しゃべるな~。」
久本雅美が矢継ぎ早にしゃべりつづけている。
『メレンゲの気持ち』
いったい、どんな気持ちなんだろうか?
フワフワなんだろうか?燃えてるんだろうか?
感じたんだろうか?アチチ、アチ。
脳内郷ヒロミが歌いだしたし、回りだしたし、
ジャケット脱ぎだしたし、片方の肩だけはだけだしたし。
ジャパ~ン!

と、そんなひろみと戦いながら、ふと思い出した。
少年の頃の遠い記憶を。

小学生の頃、『メロンゲ』と呼ばれる男の子がいた。
もちろん、あだ名に決まってまっす。
ピンクレディーだって、歌いますよ、二十一世紀になったって。
『メロンゲ』、なにゆえ、こんな名前がついたのか。
卵白の泡立てが上手いからか?
そんな三分クッキングのアシスタントみたいなはずもないし、
仮にそうなら、『メレンゲ』って呼ばれるはず。
そう、そこには、小学生ゆえの、単純にして残酷な物語があった。

それは、ある日の一時間目の授業中のことだった。
その日はたしか、習字の授業だった。

習字といえば、街の習字教室の前を通ったときのこと、
その教室の生徒の作品とおぼしきものが張り出してあった。
『平和』だとか、『友達』だとか、いかにも小学生が
書きそうな模範的な題材の作品がならぶ中、
小学五年生の山田君(仮名)の作品は、

『合いの手』

彼は、いったい、何を訴えたかったんだろうか?

閑話休題。

そんな一時間目の授業も半ばにさしかかった頃、
突然の嗚咽が教室に響き渡った。
クラス中が、その嗚咽の発信源に振り返った。
そこには、N君(メロンゲ命名前)が真っ白な半紙の上に、
墨ではなく、朝ごはんで、文字を書いていた。
突然のアクシデントにクラス中がここぞとばかりに盛り上がる。

子供の頃は、何だってお祭りにしてしまう。ご機嫌な性。
もう、「よいさー、よいさー」と、神輿を担いで、
街を練り歩きそうな盛り上がり、場内騒然。

そんな中、誰かの大発見、
「こいつ、朝ごはん、メロン食ってきたぞ!」
そう、机の上には粘着質な薄い緑色の物体と、
少し黄色がかった白い種が混然一体となって、
どうだ、といわんばかりの存在感で、そこにましましていた。
そこにはメロンジェラートが完成していた。
「こいつ、メロンのゲェ(関西弁でゲロのこと)
吐いたぞ!!」
と、てんやわんやの大騒ぎ。
そんなクラスの騒ぎを横目に、
N君がメロンの種まで食べていたことの方が気になって
仕方ないボクがいたことも確かではある。

一方、その頃、クラスのまた別の一人が言い出した、
「こいつ、メロンのゲェ吐いたから、メロンゲやー。決定!」
「メーロンゲ!メーロンゲ!」
何人かが調子にのって、手拍子とともにはやしたてる。
そんなあっけなくも、単純に、かつ残酷なまでの命名式であった。
メガネをかけているから、『博士』とか、
太っているから『ぶーちゃん』とか、
そんな、昭和初期の少年マンガのような、
純粋なまでの単純さ。N君、ご愁傷様です。

しかし、それだけで終わったと思ったら、大間違い。
N君に襲い掛かる新たな災厄。

メロンゲが定着しだした数日後、また、誰かが言い出した。
「アイツんちが朝からメロンなんて食べられるわけがない!」
ついには、家庭の事情にまで、土足で入り込んだ。
もう、容赦なし。

子供は天使だ、なんて言っているのは誰だ?
無邪気という言葉と残酷という言葉は、
背中合わせに存在することを、
ボクはこの時、とくと思い知った。

「あれはプリンスメロンに違いない!
やっぱりプリンス・メロンゲに変更!」

数日にして、プリンスの称号を拝命される始末、
出世魚もビックリなこの出世っぷり。
英国紳士も真っ青。
という、小学生の頃の淡くてすっぱい思い出話。

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