JIPによる東芝の非上場化を目指したTOBが、今日(8月8日)から開始されることになった。
東芝は6月8日、既に本件TOBに関して賛同・応募推奨の意見表明を行なっており、今回のTOB開始にあたっても、特別委員会の答申に基づき、6月8日の意見表明を『変更する要因はない』と判断した。
ここで思い出しておきたいのは、東芝が6月に行なった意見表明の拠り所となる特別委員会の答申において、TOB価格の妥当性に関するロジックが、FA(フィナンシャル・アドバイザー)業務に従事する者から見ても、かなり「痺れる」内容だったということだ。
具体的に何が「痺れる」のかというと、特別委員会が応募推奨を答申した理由の一つとして、TOB価格がDCFレンジの下限近傍にも関わらず「事業計画の信憑性が総じて低い」ためTOB価格の公正・妥当性を否定するものでない点を挙げていることだ。
元々3月に東芝とJIPが本件を公表した際には、東芝は意見表明を「留保」している。
その背景には、当時特別委員会が、公開買付価格とDCFの株式価値のレンジとの関係(UBSのレンジの下限を下回り、野村のレンジの下位25%)を踏まえて『明らかにTOBへの応募を現時点で推奨できる水準に達していない』としていたことがある。一方、3月のプレスで開示されている限り、特別委員会の意見において、「事業計画の信憑性」に関する明確な記載は見当たらない。
すなわち、3月以降の段階で突如、「事業計画の信憑性」という論点が特別委員会の俎上に載ったということになる。
事業計画の信憑性自体が特別委員会において議論になること自体は、何らおかしなことではない。
交渉戦略上、買い手に敢えて強気の事業計画を提出しつつも、より蓋然性の高い事業計画に基づくバリュエーションレンジを手元に持ち、最終的な答申に関してはそちらを使用する、という実務は行われているからだ。
しかし、その場合、答申書や適時開示で依拠する事業計画は後者の「より蓋然性の高い事業計画」でなければならない。
今回の特別委員会の答申に感じる違和感は、「より信憑性の高い事業計画」に基づいて修正されたバリュエーションレンジにより判断が行われるのではなく、信憑性に疑義があるとする元々の事業計画のバリュエーションレンジによって判断が行われた点にある。
そもそも株式価値の算定は、経営陣が達成に一定の蓋然性があると信じる事業計画に基づき実施するのが通例だ。
特別委員会として「信憑性が低い」と考えるのであれば、算定結果自体を割引いて考慮するのではなく、事業計画自体を独自に下方修正し、FAに算定し直させるのが本筋のはずだ。
さらに、信憑性が低い理由として「過去20年間を見ても当社が業績見込みを達成した回数は少ない」を挙げているが、これは公知の事実であり、株主資本コスト(=β)に織り込まれている筈だ。
自社のβを採用しているのであれば、算定結果に信憑性の低さが既に織り込まれていることになり、算定結果を割引いて考えるのは理論的に正しくない。
とはいえ、特別委員会の見解全体を見ると、価格の妥当性というよりも、3月以降株主から特段異論が出ていない点や、本件取引を実行しなければ更なる企業価値の破壊が起こってしまう点を重視した、総合的判断による応募推奨というニュアンスに見える。
特別委には元GCAの渡辺氏やFarallonのメンバーはじめ、M&AやFA業務のプロフェッショナルが含まれており、上で指摘した理論的な矛盾や誤謬は当然認識しながらも、こうした結論に至ったのが実態と推測する。
関係者からすれば、まさに「痺れるディール」以外の何者でもなかったに違いない。
「企業買収における行動指針(案)」や、ニデックによるTAKISAWAへの同意なき買収提案が話題を呼ぶ足元の状況にあって、6月の意見表明から今日に至るまで、本件への対抗提案が出されなかったということは、特別委員会が「本件取引を実行しなければ更なる企業価値の破壊が起こってしまう」とした判断の妥当性を裏付けるとも言える。
紆余曲折を経た東芝のディールがついにクローズに向けて動き出す。
関係者各位には改めて、「お疲れ様でした」と申し上げたい。
東芝「TBJH 合同会社による当社株式に対する公開買付けの開始予定に係る意見の変更に関するお知らせ」