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東芝の非上場化、応募推奨プレスの痺れるロジック

JIPによる東芝の非上場化を目指したTOBが、今日(8月8日)から開始されることになった。

東芝は6月8日、既に本件TOBに関して賛同・応募推奨の意見表明を行なっており、今回のTOB開始にあたっても、特別委員会の答申に基づき、6月8日の意見表明を『変更する要因はない』と判断した。

その後、特別委員会は、2023 年6月8日以後本取引に影響を及ぼし得る重要な状況 の変化が発生しているか否かに関する事実関係の確認等を行い、再答申書における答 申内容に変更がないか否かを検討した結果、再答申書の答申内容を変更すべき事情は 見当たらないことを確認し、本日、特別委員全員一致の決議により、当社取締役会に 対して、本日付で当社取締役会が本公開買付けを含む本取引に賛同し、当社株主に対 して、本公開買付けに応募することを推奨すべきである旨を内容とする答申書(以下 「再々答申書」といいます。再々答申書の詳細については、下記「(6)本公開買付価 格の公正性を担保するための措置等、本公開買付けの公正性を担保するための措置」 の「2 当社における独立した特別委員会の設置及び特別委員会からの答申書の取得」 をご参照ください。)を提出しました。

その上で、当社は、本日、特別委員会による再々答申書の内容を最大限に尊重しな がら、本公開買付けに関する諸条件についてあらためて慎重に検討を行った結果、本日時点においても、6月8日付適時開示において公表した再意見表明を変更する要因 はないと判断し、本日開催の取締役会において、下記「(2)意見の根拠及び理由」に 記載の根拠及び理由に基づき、本公開買付けに関し、これに賛同するとともに、当社 の株主の皆様に対し、本公開買付けへの応募を推奨することをあらためて決議いたし ました。

東芝「TBJH 合同会社による当社株式に対する公開買付けの開始に係る意見表明に関するお知らせ」
※太字は筆者による

ここで思い出しておきたいのは、東芝が6月に行なった意見表明の拠り所となる特別委員会の答申において、TOB価格の妥当性に関するロジックが、FA(フィナンシャル・アドバイザー)業務に従事する者から見ても、かなり「痺れる」内容だったということだ。

具体的に何が「痺れる」のかというと、特別委員会が応募推奨を答申した理由の一つとして、TOB価格がDCFレンジの下限近傍にも関わらず「事業計画の信憑性が総じて低い」ためTOB価格の公正・妥当性を否定するものでない点を挙げていることだ。

たしかに、本公開買付価格は、3月 23 日付適時開示公表時点において、UBS 証券 がディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法(以下「DCF 法」といいます。)によ り算定した1株当たり株式価値のレンジを、下限との差は僅少ではあるものの外れ ており、野村證券が DCF 法により算定した1株当たり株式価値のレンジの下位 25% のレンジに留まっています。しかし、DCF 法による株式価値は、当社が作成した 2022 年度から 2025 年度までの財務予測(以下「本連結財務予測」といいます。)の最終年 度(2025 年度)の計画値に相当程度依存するところ、直近の 2022 年度を含め過去 20 年間を見ても当社が業績見込みを達成した回数は少ないことを踏まえると、当社の 業績見込みの信憑性は総じて低いと言わざるを得ず、また、本連結財務予測が、2024 年度及び 2025 年度における、デバイス事業、エネルギー事業、インフラ事業を中心 とする各事業の利益率の改善に起因する大幅な増益を見込んでおり、実現のハード ルが低くない計画に基づくものであることに加え、島田 CEO からは当社の経営基盤 が不安定な状況が続いた場合には 2023 年度予算における 2024 年度及び 2025 年度の 計画値の実現が危ぶまれるとの見解が示されており、本連結財務予測の最終年度 (2025 年度)の計画値の達成可能性には疑義があることを考慮する必要があります。 そのため、これらの事情に鑑みれば、本連結財務予測を前提とする DCF 法に基づく 株式価値算定に全面的に依拠することはできず、信用性の低さに鑑みて一定程度割り引いて評価することが適当であるとも考えられ、本公開買付価格が当社が公開買 付者及び当社から独立した第三者算定機関である野村證券及び UBS 証券から 2023 年 3月 23 日付でそれぞれ取得した本株式価値算定書(下記「(3)算定に関する事項」 の「1 当社における独立した第三者算定機関からの株式価値算定書の取得」におい て定義します。)の各 DCF 法のレンジの下限近傍に位置することは、完全に競争的で 公正な本プロセスを通して得られた本公開買付価格が公正・妥当であり、当社の株主 に対して本公開買付けへの応募を推奨するに値するものであることを否定するもの ではないと考えております。

※太字は筆者による

元々3月に東芝とJIPが本件を公表した際には、東芝は意見表明を「留保」している。
その背景には、当時特別委員会が、公開買付価格とDCFの株式価値のレンジとの関係(UBSのレンジの下限を下回り、野村のレンジの下位25%)を踏まえて『明らかにTOBへの応募を現時点で推奨できる水準に達していない』としていたことがある。一方、3月のプレスで開示されている限り、特別委員会の意見において、「事業計画の信憑性」に関する明確な記載は見当たらない。

本公開買付価格は、特に CVC レターの前の市場株価に対するプレミアムを考え ると、第三者による非公開化を目的とした他の公開買付けの事例におけるプレミ アム水準との比較においても相応のプレミアムが付されているものではあるが、 UBS 証券が DCF 法により算定した1株当たり株式価値の現時点におけるレンジを、 下限との差は僅少ではあるものの外れており、野村證券が DCF 法により算定した 1株当たり株式価値のレンジの下位 25%のレンジに留まること等に鑑みれば、一 般株主に対し明らかに本公開買付けへの応募を現時点で推奨することができる水準には達していない(特に、キオクシアグループに関する情報が上記のとおり限定 されており当社の価値に占める比重の大きいキオクシア HD 株式の評価に一定の限 界があることも、明らかに本公開買付けへの応募を推奨することができる水準に 達していると判断することを困難にしている。)ものの、本公開買付価格による本 公開買付けは、当社の一般株主に投資回収機会のための合理的な売却機会であるとは考えられる。

東芝「TBJH 株式会社による当社株式に対する 公開買付けの開始予定に係る意見表明に関するお知らせ」(2023年3月23日)
※太字は筆者による

すなわち、3月以降の段階で突如、「事業計画の信憑性」という論点が特別委員会の俎上に載ったということになる。

事業計画の信憑性自体が特別委員会において議論になること自体は、何らおかしなことではない。
交渉戦略上、買い手に敢えて強気の事業計画を提出しつつも、より蓋然性の高い事業計画に基づくバリュエーションレンジを手元に持ち、最終的な答申に関してはそちらを使用する、という実務は行われているからだ。
しかし、その場合、答申書や適時開示で依拠する事業計画は後者の「より蓋然性の高い事業計画」でなければならない。

今回の特別委員会の答申に感じる違和感は、「より信憑性の高い事業計画」に基づいて修正されたバリュエーションレンジにより判断が行われるのではなく、信憑性に疑義があるとする元々の事業計画のバリュエーションレンジによって判断が行われた点にある。

そもそも株式価値の算定は、経営陣が達成に一定の蓋然性があると信じる事業計画に基づき実施するのが通例だ。
特別委員会として「信憑性が低い」と考えるのであれば、算定結果自体を割引いて考慮するのではなく、事業計画自体を独自に下方修正し、FAに算定し直させるのが本筋のはずだ。

さらに、信憑性が低い理由として「過去20年間を見ても当社が業績見込みを達成した回数は少ない」を挙げているが、これは公知の事実であり、株主資本コスト(=β)に織り込まれている筈だ。
自社のβを採用しているのであれば、算定結果に信憑性の低さが既に織り込まれていることになり、算定結果を割引いて考えるのは理論的に正しくない。

とはいえ、特別委員会の見解全体を見ると、価格の妥当性というよりも、3月以降株主から特段異論が出ていない点や、本件取引を実行しなければ更なる企業価値の破壊が起こってしまう点を重視した、総合的判断による応募推奨というニュアンスに見える。

特別委には元GCAの渡辺氏やFarallonのメンバーはじめ、M&AやFA業務のプロフェッショナルが含まれており、上で指摘した理論的な矛盾や誤謬は当然認識しながらも、こうした結論に至ったのが実態と推測する。
関係者からすれば、まさに「痺れるディール」以外の何者でもなかったに違いない。

「企業買収における行動指針(案)」や、ニデックによるTAKISAWAへの同意なき買収提案が話題を呼ぶ足元の状況にあって、6月の意見表明から今日に至るまで、本件への対抗提案が出されなかったということは、特別委員会が「本件取引を実行しなければ更なる企業価値の破壊が起こってしまう」とした判断の妥当性を裏付けるとも言える。

紆余曲折を経た東芝のディールがついにクローズに向けて動き出す。
関係者各位には改めて、「お疲れ様でした」と申し上げたい。

東芝「TBJH 合同会社による当社株式に対する公開買付けの開始予定に係る意見の変更に関するお知らせ」

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