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〈ケアデザインサミット2023〉第一部くらしと福祉―宅老所はいこんちょ 小林敏志さん

2月25日に開催された「いばふく ケアデザインサミット2023」。
福祉に従事する方を対象に、特別な「出会い」を提供し、多角的に福祉を捉えられる機会と実際の現場で活かせる知識や技術を提供するサミットです。
「あ、そう」の転換! ケアにひらめきを!
というキャッチコピーがつき、介護福祉の12名のスペシャリストが登壇。無関心が関心に変わる出会いと対話を体感できる講座が開かれました。

このイベントに、取材チームとして参加してもらった執筆家の山本梓さんに、レポートをお願いしました。すると、「感動しすぎたので登壇した12名すべての方を紹介します」という言葉が……! たしかに、持ち時間一人15分はもったいないくらいでしたね。福祉を外側から見た、山本さんならではの目線で自由に記事を書いてもらいました。
ぜひ、お楽しみください。

Mちゃんの話


わたしはMちゃん。
娘と喧嘩中。理由はわたしの新しい彼氏のこと。
お父さんがいるのにって怒ってるみたい。
わたしたちのこと、うまく説明できず埒が明かないから彼氏のサトシに来てもらったわ。
「俺が話しつけたから、行こう!」
駆け落ちみたいにして、わたしたちは家を出たの。

***

わたしはMちゃん。
いま、コンビニにいます。SOS!
わたしを連れ去ろうとしている誘拐犯がすぐそこにいるの。
ああ、よかった。店員さんがいる。事情を話して助けてもらわなくちゃ。
誘拐犯が髪をふり乱してこっちに来るわ……!
ここにいてはだめ。逃げなくちゃ!
足には自信があるの。中学高校では、徒競走で一番だったんだから。

***

わたしはMちゃん。
ここはどこかしら?
気がつくと、パトカー5台と警察官10人に取り囲まれていたの。
わたしは何もしていないわ! いや、離して! やめてったら、キー!
「……公務執行妨害! 確保!」
なに言ってんのよ、かよわい女に力づくで来たのはそっちじゃないのさ!
離しなさいよ……!


サトシさんの話


僕は、栃木県鹿沼市で「はいこんちょ」という宅老所で、地域密着型通所サービスをしています。
はいこんちょとは、生まれの長野県の言葉で「ごめんください」という意味です。小学生のころ、近所に住む大好きな祖父母の家に、学校帰りによく遊びに行きました。その家には、いろんな人がお茶を飲みに「はいこんちょ!」と集まってきます。お茶菓子を食べながら世間話をして、帰る時には皆さん笑顔で帰っていきました。祖父母は「人」との関わりをとても大切にしていました。僕も祖父母のようにいろんな人たちと一緒に笑い合いたい、と志から「はいこんちょ」ができました。
それではここで、「はいこんちょ」でともに暮らしているMちゃんのお話を聞いてください。

Mちゃんには(Mちゃんって呼ばないと怒ります)、認知症のなかでも「ピック病(前頭側頭型認知症)」と呼ばれる特徴的な症状があります。
ハリウッドのスター、ブルース・ウィルスも同じピック病であるというニュースが、記憶に新しい方もいるかもしれません。ブルースもぜひ「はいこんちょ」でお世話させてほしいなって思っています。英語も堪能なスタッフもいますし。ブルース、いつでもお待ちしています……!

***

さてさて、Mちゃんのお話でしたね。
今から1年半前のこと。Mちゃんの娘さんからヘルプの電話が入り、すぐに駆けつけました。
部屋は荒れており、口論が続いていました。Mちゃんは「娘が浮気を疑っている」と。よくよく話を聞いていると、口論の原因が僕にあることがわかり……。
なにを言っても話が通じないと心身困憊の娘さんには、Mちゃんを「はいこんちょ」にお連れすることを説明し、Mちゃんには「俺が話しつけたからね」と言って、そこから「はいこんちょ」での暮らしがはじまりました。

ピック病の特徴のひとつに、「常同行動」があります。毎日同じルーティーン、同じ関係、同じ環境にいるのが望ましいっていうもの。だけど、「はいこんちょ」に来たから、環境の変化に混乱しちゃうんですよね。昼間は安定していても、夜はことさらに不安になってしまう。物を投げたり、壁に穴をあけたり、職員も逃げ出したくなるような行動が続きました。

***

生活をスタートさせてから2週間後、深夜に職員から電話がかかってきて「Mちゃんが出ていっちゃいました」という。すぐに行くわ! と現場に向かうと、外に出たMちゃんが職員に向かって「こないで!」と叫んでいる。まるでドラマのクライマックスシーンです。
ピック病は若くして発症することも多く、運動能力が高いというのも特徴のひとつです。Mちゃんは足が速いうえに、誘拐されていると思っているから、必死に逃げるじゃないですか。「はいこんちょ」のウッドデッキを忍者みたいに飛びこえて脱走するわけです。

通行人を装って車から「どうしました?」って声をかけると、Mちゃんは「追われてるんです……!」と。かくまうようにして、車に乗ってもらいました。Mちゃんもだいぶ興奮していたので、まっすぐ「はいこんちょ」には帰れないなと思って、すこしドライブをすることにしました。時刻は午前2時くらいかな。コーヒーでも飲んで落ち着いてもらおうかなと思って、コンビニに寄りました。Mちゃんもコンビニに行きたいと言う。じゃあ一緒に行く? ということに。

***

コンビニに入ったとたんに、もうMちゃんはいないんですよね。次の瞬間には、店員さんのところに行って助けを求めてる。時間も時間だったし、僕も寝間着にサンダル姿で髪もボサボサで、自分があやしい人に見える自覚はありました。もちろん店員さんは僕を不審に見るわけです。
店員さんに「違うんです!」って言っても、信じてもらえないですよね。Mちゃんは見た目も若くてしっかりしてるから。
事情を説明したうえで、店員さんは「誤解だったとしても、警察にだけは電話させてください」ということで、その通りにしてもらいました。
あとから知ったんですけど、誘拐って犯罪のランキングで上位に入るらしくて、夜中の2時のコンビニにパトカー2台と覆面3台が集結しました。……マジで気まずい。
Mちゃんも警察に事情聴取を受けてるんですけど、「何すんだよ!」って警察官にも叩いちゃって。「公務執行妨害ですよ!」って言われて、Mちゃんが警察を呼んでるのに、なぜかMちゃんが連行されるってカタチになってしまって。ああいうときって本当に両サイドに警察官が座ってパトカー乗せられるんですね……。
最終的には、連行された警察署から出たくないというMちゃんに、警察の人が2時間説得して出てくることになりました。

***

とまあ、問題行動と言われてもおかしくないことをくりかえすMちゃんなんですが、スタッフからは一番愛されてるんですよね。
我々の介護のサポートだけでは、もうMちゃんを支えることができないかもしれないと思って、会議のときにスタッフみんなに「病院へうつってもらおうと思う」って提案したことがあったんです。
そうしたら、一番ぶたれてるはずのスタッフが「絶対反対です!」って。

Mちゃんとの暮らしがドラマチック過ぎて、それ以外の大抵のことが大変じゃなくなるんですよね。
スタッフにもMちゃんの行動は予測できず、次は何が起こるのか見当もつかない。それをスタッフが面白がっているという節もあって。認知症の人は、とにかく発想が豊かなんです。

尊敬の念を込めて、こないだMちゃんにこう聞いたんです。
Mちゃん、認知症になってどう?
「わたし、認知症じゃないから!」
ですって。


▼宅老所はいこんちょ
http://鹿沼デイサービス.com
▼note
https://note.com/8154kobayashi


text & photo by Azusa Yamamoto


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