ペルー アマゾン 一人旅 4 ジャングル迷子で助けてくれた恩犬
また一人になった。 三度目だ。
ジャングルの、飽和状態に近い湿度と暑さ
さらに恐怖と焦りからくる変な汗が 不自然なほど出る。
それでも歩く速度を落とすわけにいかず、
悪路を薄っぺらい靴で早歩きしているせいで足の裏がイタイ。血がにじむ。
こんなところで死んでも、見つけてすらもらえないだろうな。
あらゆる空間に密集している虫や微生物にあっという間に食べられて
分解されて、
足もとを覆いつくしている葉や小枝と混ざって
私はこの辺の腐葉土に埋もれるのだろうか。
生命が濃密に、ひしめいている。ゆるんだものが取り込まれる。
隙間という隙間を奪い合っている。
頭上の植物もパズルのように日光の当たる所を取り合っている。
気を抜くと自分の肉体も別の生命体に吸収されそうだ。
一個の生き物として、個別に存在を維持していくためには 各細胞をまとめ上げていくエネルギーが必要だ。
しかし、逆に、固体として死んでバラバラになっても
この森の中にいるんだろうなあということが 体感としてわかる。
アンデス高地の、空気が薄く、乾いて生き物の気配がない寂寥の空間が少し懐かしい。
ここは命がぎゅうぎゅう詰めで 窒息しそう。このせめぎ合いから逃げて一息つきたいと思った。
夕暮れの気配がし始めて、さらに焦りが押し寄せて来た。
ふと気づくと、私の後ろを小柄な黒い犬がついてきている。
時々 前を走って行って こっちだよ
というふうに私をふりかえって待っていてくれる。
じっとこちらの目を覗き込んでくる。
かしこそうな人なつっこい犬だ。
(冒頭の写真の犬が助けてくれた犬。視線に格の高さが表れている )
おそらく人間に飼われている犬にちがいない。
この犬について行けばいつかどこか人間のいる所に出られるはず。
ついて行くしかない。
最初のおじさんと同じで、この犬もジャングルを歩き慣れていて、
進むのが速い!
4足歩行はこういう立体的な悪路に圧倒的に有利だ。
自分が、動物としてすごく軟弱に退化していることを痛感する。
時折、道のわきの薮の中で動物の鳴き声や 動く気配があると、
犬はそれを追いかけて薮の中を走り回る。
2足歩行で軟弱で服を来ている私はもちろん藪の中に入れない。
オーイ、オーイ、イヌーと呼びながらそこでじっと戻ってきてくれるのを待っているしかない。犬頼み。
もう命の綱はこの犬しかないのだ。
数分すると、少し先の薮からズボっと出てきてくれる。アニメのように。
そして再び私を引き連れてとことこ歩き出す。
それを何回かくりかえす。
犬にとっては道すがらの遊びか、
うまくいけばおいしい獲物にありつけるかで、
とてもうれしそうに、薮に突っ込んでいく。
そのたびにこちらは戻ってきてくれるか、
どれくらい時間がかかるのか
不安で縮みあがっているのに。
私の心配すら楽しんでいるようにも見える。
でも冷静に考えたら、彼(犬)には私を助ける義理もなければ、関係もない。
たまたまさっきから同じ獣道を通っているだけである。
それでも、私がひどく遅れると様子を見に戻って来てくれるし、
小川の上にかかっている丸太を渡っている時は向こう側からじっと見ていてくれる。
人間って なんてどんくさくて不便な形をした生き物なんだと思っているのかもしれない。
私はもうこの犬を信じ、命を預けている。
そう言えば死んだおじいちゃんが戌年生まれだったなあ、なんて思いながら。
落ちそうになりながら細い丸太を渡っている時、その下の小川になぜか金魚が一匹。
金魚ではぜったいないと思うが、金魚に見える。金魚すくいのあの金魚。
熱帯魚? 幻覚?
そして、そして、やっとやっと開けた空間に出た。
人間が手を入れた広場だ。小さな集落。
今まで頭上を鬱蒼と覆っていた木々がない。
青空が見える。
足もとの草 灌木がない。
ああ人間の営み。人工物がこんなにありがたいいとは。文明。家。
高床の家の大きめ一軒は小学校。
先生がひとり、上半身裸でぼけーっと座っている。(写真の人)
ゆでたバナナとちょっとすえたにおいのするご飯をくれた。
ご飯は危なそうだったので、こっそり恩犬にあげる。
イヌ様、ほんとうにありがとう。感謝してもしきれません。
写真でもわかるでしょ、この犬、なんか普通じゃない目をしている。
神々しいというか凛々しい。
ここではじめて ちゃんと道を教えてもらう。
これまではいつも「ずーっと行った所」「あーっちのほう」ぐらいしか教えてもらえなかった。
まあ、ずーっとジャングルの中だから、目印や交差点があるわけではないので、 そうしか言えないし、正しいとも言えるが。
そのあとまた2時間ほど歩いて、やっと湖に出た。
そこから対岸までボートに乗せてもらう。
夕暮れの薄紫色の鏡のような湖面をボートが静かに滑って行く。
一日でいちばんきれいな音のない時間。
疲労と安堵感で放心状態の私。
石や穴だらけの、ほこりの舞い上がる地道だけど、
人間が作った道、しかも輪だちまである道を見て、心底ほっとした。
私はもう動物として弱すぎて、文明の圏外に出ると、一日も生きてはいけないということを痛感した。
乗り合いトラックがエンジン音を響かせ、砂埃を巻き上げやって来た時、
おんぼろトラックが最先端の機械に見えた。騒音がとか排気ガスがとか悪口を言ったことを反省する。
乗り合いトラックの荷台に乗せてもらって街まで行く。
街、人間のいる所はイイ。
少なくとも動物や虫たちに食べられることはないはず。
道、車、人、街 サイコー!
。。つづく。。