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旅の出発点

この写真は、2016年の4月、「サニーサイド小学部」の最初の入学式のものです。
たった8名の生徒。でも私はこれが出発点だと、記念撮影しようといいました。この時、私たちの前には、この8人のご家族が、それぞれにカメラをもって様子をおさめていたと思います。
一体どんな気持ちでカメラのファインダーを覗いていたのでしょうか・・・
みなさん想像してみてください、自分がこの子達の親だったら・・・

この写真を見ながらその時の自分のことを振り返る時、これはやって良かったのか、やるべきでなかったのか・・・実はその答えはまだ見えていません。
なぜなら、あれから7年が過ぎた今でも、事業収支は一度もバランスが取れません。自分は人生のすべてをかけてどうにか守っていきたいと思っていますが、「学校を作る」というのは、そんな生やさしいものではないということです。

「そんなこと、やる前にわからなかったんですか?」
そういう人もいるでしょう。私に「そういう先行きがみえないことで周りを巻き込むのは無責任だ」そういう人もいます。

もっとお金持ちが「富の再分配」の理念のもとにこういう事業をするのが本来理想でしょう。私のようなものはやってはいけなかったのかも知れません。

さらには、学校をやるにしても、おとなしく数名の小規模な学校を「フリースクール」としてやっていればいいものを、「IBで日本の教育を変えるのだ」と息巻いて、既存の教育システムと張り合おうとするから、ただでさえ大変なことが余計に大変になります。

この7年余りで何を学んだか・・・自分の浅はかさ、自分がいかに頼りない人間であるか・・・とか。
でも、逆にだんだんわかってきたこともあります。

義務教育には生徒一人あたり100万円以上の税金が使われていると言われています。しかも1クラス35人学級とかいうのもあって、その金額ということは、サニーサイドのように、ひとクラスの定員を24人にして、月6万(年間72万)の授業料でまともな「学校」として運営することは当然かなり無理なことをやろうとしているというシンプルな解があります。

でも、自分は、今の日本の教育のあり方をただ批判する「教育評論家」にはなりたくなくて、IBの知見をもとに、これからの世界を生きる子ども達のための教育はどうあるべきか、それを目に見える形で伝えたいという思いでやっているので、保護者の方が払えるとか払えないとかの話ではなく、年間ひとり100万くらいの予算でそういうものを見せていかなければ、いくらうちの先生たちが頑張ってそれなりの教育実践をしたとしても、「あそこはお金かけてるから出来るんだよね」と言われておしまいだと思っているんです。

完全にやせがまんの世界です。
でも私の周りには、こんな浅はかな思いにも親身になって寄り添ってくれ、足りない資金を差し出してくれる尊い人が何人もいらっしゃいます。私はそういう皆さんの思い、「渡辺先生についていけば、きっと素敵な学校ができるはずだ」と信じて、大切なお子さんを預けてくださる保護者の皆さんの思い、生徒たちの思い、先生たちの思い・・・それを今、自分の責任として受け止めつつ、日々を過ごしています。

正直、不安でいっぱいになることも良くあります。
でも、そんな時、自分を奮い立たせようと自分に話しかけることばがあります。

If it's not me, Who?  If it's not now, When?(私じゃなきゃ誰がやる?今じゃなきゃいつやるの?)

エマ・ワトソンも国連のスピーチで同じことを言っていました。

ご興味のある方はぜひ。

このNoteで前回の私の自己紹介文を読んだ人が何人かメッセージをくれました。「渡辺先生、この物語、絶対に「完」までやりとげてくださいね、毎回楽しみにして読みますので!」と。
ありがたいことです。

そして今日も空の貯金箱を一生懸命に、縦に横にと振り続けながら、中をのぞいては、さてどうしたものかと、知恵を絞り出そうとしています。

(次回:「なぜIBは今後広がっていくのか」)

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