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〚随想〛夏の葬列

教科書はらくがきだらけで、ろくに授業の内容など耳にしていない。
国語という教科も好きではなかった。
なのに、教科書に載っている小説の中でたったひとつだけ、何度も読んで、ずっと今も心に残り続けている作品がある。
それが『夏の葬列』だ。
大人になった今でも、何ヶ月、あるいは何年かに一度は読み返している。
子供の頃は、いったい何がそんなにも自分を惹きつけるのか、本当にわからなかった。こんなにも哀しく、こんなにも遣る瀬無い物語であるのに、
なぜこんなにも心が囚われてしまうのか。

主人公の彼は、十数年ものあいだ抱え続けてきた「あの夏の記憶」を
自分の中から追い出し、封印するためにこの町を訪れた。
ようやく、悪夢から解放されるはずだったのだが⋯⋯
彼を苦しめる悪夢。それはあの夏の日、自分が突き飛ばした女の子が艦載機の銃撃により亡くなったかもしれないという記憶だ。(突き飛ばしたのには理由があるが⋯⋯)自分のせいで彼女は死んだのかもしれない、自分が人殺しであるのかもしれない――彼はその悪夢を自分の中から追放するために
ふたたびかつての地を訪れ、そしてそこで偶然行き会った葬列により
彼女が今まで生きていた、あの日から生き延びていたと信じ込み、安堵してしまう。

きっとここで物語が終わっていれば、この作品がこうしていつまでも心に留まっていることはなかっただろう。
結果的に、彼が「二人」もの死に関わっていたのだから、初めて読んだ時の衝撃といったらなかった。読み進め、その事実を知る頃にはいつしか「彼」と重なっていた意識が、ずしんと重くなった気さえしたのだ。

過去を封じるために訪れたはずだったのに、もはや彼は悪夢の追放どころか
逃れようのない「二つの死」を永遠に忘却することはできない。
作中でも語られるこの皮肉。この痛烈な皮肉こそが、当時中学生だった自分の胸を貫いたのかもしれない。

「夏の葬列」山川 方夫 (著)
行ったことのない田舎の風景、リアルで耳にしたことのない艦載機の音、
作中での情景がありありと目に浮かぶのが不思議だ⋯⋯。


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