優しさの因数分解を
好きな人のタイプを聞かれて、優しい人 と答えていた時期がある。
優しさ、大切だ。男だって 女だって 子供だって 大人だって、皆 優しい人が好きだと思う。
あるとき 好きなタイプを問われ、いつものように 優しい人 と答えた。ちょうどその場には私の好きだった人がいて、その人が自分の想いに気づいてくれたらいいのに、と思っていた。
その人はとても心使いが細やかだった。自分が人知れず辛い時には、その人だけが声をかけてくれた。誰もが認める 優しい人 だった。好きなタイプ に対する私の返答は 無難で、しかし正しいはずの答え方である。
やがてその人と恋人同士になった。その人は、いつも車道の方を歩いてくれた。食事をするときは食べるのが遅い自分に合わせてくれた。体調が悪いときには家まで行くと連絡をくれた。私の好きなタイプは優しい人で、その人はとても優しいと、我が恋人ながらに思っていた。しかし、その人には数ヶ月で自分から別れを告げた。
気づいてしまったことが、ひとつ。その人が与えてくれるものは 私にとって大切な優しさではないということ。
優しさを生み出す材料のひとつに、繊細さ がある。自分の感情の機微が細やかだからこそ、他人の心の僅かな動きを感じ取れる という仕組みである。それは素敵な能力だ、人のためになる良い力だ。
でも、物事には必ずプラスとマイナス両方の面がある。繊細さは 時として人を傷つける。繊細なその人は、自分が求める優しさを与えてくれないと敏感に察知し、傷つき、周りが見えなくなってしまう人だった。それほど繊細な人だったのだ。
一方私のもつ優しさは、無関心の生み出す優しさだった。相手に知らないところがあるのは当然で、それを気になどせず、そのまま愛するのが私のやり方だった。全てを受け入れるキャパシティなど持ち合わせていない。そして無関心だから私は傷つかない振りをする。他人の傷付いた姿は、他の誰かをも傷つける。
優しい人、優しい人、優しい人。世の中、優しい人ばかりだ。本当に自分にとって大事な優しさは何か、見失いそうになる。
優しさには因数分解が必要なのだ。
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