チーズケーキにウィンナーコーヒーも悪くない
最近note本文と違うことタイトルにするから自分でどの記事に何を書いたか分からなくなってます、Kenです。
5月に入ってから急激に舌が老けてきて、それまで飲めなかったビールをおいしいと感じたり、以前ほど甘いものを食べられなくなってきました。寂しい…………
「チーズケーキにウィンナーコーヒー」を撮ったのは1月の事なのでその頃は食べられたんだけど今ならブラック頼んじゃうかも。
歳とともに趣味や嗜好が変わってきて新しく楽しめる事が増えるのは楽しいんだけど、味覚の開拓って衰えらしいよね。
その他に明らかに鈍感になっていく感覚もある。
セクハラはどこからがセクハラなのか?
昨日今日で40↑のおじさん×JKっていう構図を二つ見た。
これは援交とかパパ活って訳じゃなくて、多分、セクハラ。
ひとつはバイト先で、新人の女の子が40↑のスタッフにLINE交換を迫られてた。
ふたつめは駅ナカのベンチで制服の女の子が50↑くらいのおじいさんにマシンガントークかまされてた。
こうやって女性は職場の人との卒のないコミュニケーションを身に付けるのかなと思いつつ、でも嫌な思いはして欲しくないよなーと思いつつ。
上からすいませんなんだけど。
前者は本人に予防線貼ったし後者はやっぱり気になって少し経って見返しに行ったら女の子ひとりだったのでなんとかなったようなんだけど、なんとなくしこりが残る。
悪意や下心は無いのかもしれない
セクハラを定義するのは難しいと思う。
本人が嫌だと感じたらセクハラだ。といういじめ様定義が多く見られるけれども本人の中にも100%嫌!って時とそう出ない時があると思う。
例えば、明らかに下心や悪意の見えない時とか
愛情のかけすぎや、かけ方に偏りがある時とか。
懇意にしてくれてるんだろうなって伝わるけど、なんか変だな。って時。
本人の中で「セクハラ!」って切って捨てられないけれどやめて欲しいかも……ってジレンマが生まれる時。
そこにはコミュニケーション→ハラスメントまでグラデーションがあって、ハラスメントに振り切らない限り助けを求めにくく、他者も助けにくい構図があると思う。
おじさんに悪気がないから。他の人から見ても微妙なラインだから。本人のキャパシティ次第で受け取り方が変わってしまうから。
シュレディンガーの猫
さながらシュレディンガーの猫のように「嫌だ」と「コミュニケーションだ」が重なり合っていて、それは何かのタイミングで収束してしまう。
例えば
おじさんに下心が発覚した時。
実害が出た時。
あるいはコミュニケーションはこんなものだと受け入れられた時。
そして、誰かがそれはセクハラだと言った時。
助けに入って収束させていいのか
これは本当に悩ましい問題で、「あれ?どっちだろ?ヤバい?」って時にすぐ動けない自分に情けなく思う反面、動いてその人のグラデーションを収束させてしまっていいのかとも思ってしまう。
明らかに困った顔をしてくれて、サインを出してくれていれば助けられるのだけれど、
本人も迷った中にいる時(それは助けを求めたら身の危険を感じる場合の迷いではなく、これは助けを求めるべきか放っておいても大丈夫なのか見切りがつけられない場合の迷い)他人の介入でそれをどちらかに収束していいのかと思ってしまう。
セクハラだ。とするのは簡単だけれど「セクハラだったんだ」となる加害者や被害者のその後のフォローまで出来るのかと言われると自信はない。
グラデーションはグラデーションのままで
結局、サインを出すかどうかは本人に決めて欲しい。
人任せで冷たいように聞こえるかもしれないが、人には人のグラデーションを揺るがす権利はないと思うし、本人にしか分からないこともある。
サインは君が出してくれ。
ただし、だからこそ僕らはどんな小さなサインでも見逃さない努力を、そしてサインを見かけた時は必ず駆けつける勇気を、それからグラデーションをグラデーションのまま受け入れ、収束させる後押しが欲しい時には後押しをする力を付けていくことにするよ。