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自分らしさと多様性と、最近考えてること

学生フリーランスの、カホです。
私の学校では1年間が4つに分割されていて1Q〜4Qに分かれています。
夏には集中講義があったりして、実質夏休みなんてものは存在していなかったのですが、やっと夏の集中講義(2Qの扱い)が終わり、来週から3Qが始まるので、授業を通して考えたことから、今の自分を振り返ってみます。

フリーランスの映像クリエイターとして半年すごしてどうだったのかは次回のnoteにまとめたい(希望)

大学院に入学した4月からいままでに起きたことまとめ

ざっくりまとめると

4月 入学式・新入生合宿(Future Gate Camp)・ラボマッチング・1Q授業開始
5月 1Q授業期間、ラボの開始
6月 修了課題のガイダンス1Q授業の最終課題とか2Q授業開始とか
7月 2Q授業期間
8月 2Q最終課題とか、夏期集中講座開始とか、メディアアートとか
9月 前期末懇親会・探求テーマ発表会・夏期集中講義

こんな感じでした。
合宿やラボマッチングで大学院生活のスタートを切り、そのまま授業でインプットとアウトプットを繰り返す感じの学生生活です。
9月の前期末懇親会ではコミュニケーションデザインダンスと名付けた15秒のダンスを参加者の皆さんに踊っていただいたり、探求テーマ発表会ではまだタネにもなっていないアイデアを人前で話したりしました。ある意味半年の集大成的な時間だったと思います。
授業はビジネス系を中心に必修の教養科目と合わせて履修してみました。どの授業も面白かったのですが...特に面白かったものをまとめます。

先端と名のつく授業たち

デジタルのことを学ぶなかで、新しい事例は避けては通れないですよね。今年度からカリキュラムが変わったらしく、サイエンスやアートの分野も必修になっている。ということで、自分のなかで衝撃だった講義が2つありました。
先端科学原論、先端芸術原論のふたつ。
それぞれ、科学・芸術の歴史的な話から始まり、人工生命あたりまで話が及びました。とにかく圧倒的な情報量というか...
先端科学の講義では情報の滝行という感覚で、知らなかったこと避けてきたことがドンドンぶつけられて、授業の最初に問いかけがあるのですが、それへの回答が「わからない」となる。そんな日々でした。みんなの思い悩んだ様子がTwitterにて #dhgsrs で見れます。しあわせとはなにか、ゆたかさとはなにか、考えさせられました。
先端芸術の講義はアーティストは社会に対して問題提起をするという言葉が残っています。現代アート、とりわけメディアアートの事例では、メディアを批判的に捉えたものなどの話から、アートって批判的なのかもと思ったり、よく考えたら昔から風刺画なんてものもあるなあと考えてみたりしました。いわゆるテクノロジー(人工知能とか、ロボティクスとか)が発展してからのアートはそれらの技術を用いたものも多いことから、エンジニアリングのスキルも必要になってきているのかな?とおもったりなど...
それぞれで挙げられた事例はどれもさらに調べたいと思うようなものばかりでした。実際に調べたり読んだ方がいいと話に上がった本を買ったりなどして、勉強をしています。

自分は科学者でもないし、アーティストでもないし...と思っていたのですが、どちらの要素も自分にとって必要なものになってくると強く感じました。私は○○じゃないから!と言えないというか...科学と芸術のそれぞれの講義の最終的なトピックが一緒だったことをふまえると、離れているようで近い2つの分野なのかもしれないと思ったりしています。

きっと来年度は同じ講義も内容が違うんだろうなあ...!

メディアアートを爆速で作るプログラムに参加

これについては、別でnoteにまとめたので、お時間ある方はぜひ


絵を描いたりパントマイムをしたりしてプロデュース能力を開発!?

プロデュース能力を高める講義で、パントマイムをしたり、絵を描いたりしました。この言葉だけ聞くと、なんじゃそりゃという感じですよね。
言葉を使わずに表現することということだと思います。伝えるために、言葉を研ぎ澄ますために、言葉以外で表現する。みたいな感じ。

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EGAKUプログラムが2回あり、アートの鑑賞や制作を通して自分の中にあるものを吐き出すような体験をしました。画像は2回のWSで私が描いた絵です。

左の絵は「自分を突き動かすもの」右の絵は「創りたい未来」をテーマに描きました。自分が何に突き動かされているか、と考えた際に割とネガティブというか「じっとしているのが不安、目標に向かってまっすぐ生きたいけど、ノイズが多くてまっすぐ進めない気持ち」がフワーっと浮かんできて、その中で「でも自分尖って生きたい」みたいな三角形を描いたりして...こんな感じに。
創りたい未来は「不安なことはインパクトがあるけど、幸せって無くしてから気づいたりするなあ」という気持ちでシャボン玉をイメージした暖かい色の丸と、「自分にとって大切な幸せをきちんと認識して生きたい」という意味で矢を描いてみました。色を少なく使ったので割とまとまったかな?という感じです。

絵を描くことに対して、「みたものを形にする」のが苦手なので、抽象的なもののほうが書きやすいと感じました。仕事柄、イラストレーターやフォトショップを使って画像を加工したりもしますが、手を使って紙に書くというアナログな体験はすごく無心になれる時間だったと思います。

この絵を元に身体表現をしてみたり、すごく抽象的なことを体で表現するなどの講義もあり、とても不思議な時間でした。同じ講義を受けていた友人たちのことをより深く知ることができたような感覚もありました。

▼ちなみに、授業で他の方が描いた絵もそのうちギャラリーに載るらしいです。

自分らしさが鍵になる時代がもうきている!?

平成生まれの自分にとって、元号が変わることってイマイチ実感がなかったりします。まだ提出書類とか平成しかないフォーマットのものも多いですし。
でも令和の時代、日本がバブル時代のような有頂天景気になることもないんだろうなと思っています。会社員になって、頑張って出世して給料が上がってという未来が想像できなくて、私や友人たちは自分らしく生きることを求めているように感じます。

でもその自分らしさってなんなんだろう
私は、ストリートカルチャーが好きですが、それは個性でしょうか?ダンスが好きなのは自分らしさでしょうか?
例えば就活を例に挙げるならば、黒髪スーツの就活を嫌だと思う人も多いです。嫌でもやるひと、嫌だからやらない人、嫌だとか思わない人、いろいろいると思うのですが、どれもたった1人の個性的な行動ではありません。社会人3年目になりましたが、転職した人も仕事を続けている人もいます。転職したがってる人も今の会社を続けながら趣味もやりたい人も好きなことを仕事にするために頑張っている人もいます。いろんな人がいる中で、自分は何に該当するのだろうと考えてみたりします。

様々な授業を通して一貫して考えていたのは、これから先の未来をどう生きていけばいいのだろうということです。未来なんて不確実だし、何が起こるかわかりません。何かに向かって進もうとしても周りの環境とか時代とかなんらかの要因でうまくいかないことだってあると思います。
同期のみんなは自分なりの課題意識があって、その課題意識が自分ごと化されていて、それをビジネスにして戦おうとしています。とてもかっこいいです。そんな人たちから影響を受けて私が思うのは
自分らしさを見つけるために、自分にとってのしあわせと向き合わなきゃいけないということ

令和の時代は、自分にとってどうか、自分だったらどうか、を常に考え続けたい

タイトルに多様性と書いたのは、そうやってみんなが自分のしあわせと向き合って生きるようになったら、多様性なんて言葉はなくなるんじゃないかなと思ったからです。自分もみんなも、それぞれがそれぞれらしいのがあたりまえになったら、すごく生きやすい未来になる気がします。そんな未来を創りたいと前期を通して思いました。

私は、自分のときめくものだけに囲まれて生きていきたいだけですが。

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さあ、ワガミチをいこう


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