【インタビュー】異文化を見つめる 文化人類学とジェンダー 桜美林大学教授 鷹木恵子先生 (前編)
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【インタビュー】異文化を見つめる 文化人類学とジェンダー 桜美林大学教授 鷹木恵子先生 (前編)

桜美林大学ジェンダー研究会 “I am”

みなさん、こんにちは!

あいあむのなつみとすみねです😊


今回からは、、

インタビュー企画となります!!🎤

第一弾は 桜美林大学リベラルアーツ学群教授 鷹木恵子先生です!


鷹木先生は文化人類学をご専門とし、イスラーム社会、特に北アフリカのマグリブ地域の研究をされています。
フィールドワークなどを基にした、鷹木先生だからこそ知ることが出来るリアルなお話をたくさんお聞きすることが出来ました!
また、チュニジアの写真もたくさんお見せしたいと思います✨


それでは早速、、ご覧ください!!👀❢


🌹プロフィール

お名前 鷹木恵子先生

ご出身 北海道

ご所属 桜美林大学リベラルアーツ学群 教授 文化人類学専攻

担当教科 文化人類学、ジェンダーの人類学、社会開発とジェンダー(大学院)


【研究の始まり】

(す) 鷹木先生、本日はよろしくお願いします!


(鷹) よろしくお願いします。


(す) まずはじめに、鷹木先生は現在桜美林大学で文化人類学を教えているとのことでしたが、文化人類学と出会ったきっかけはどのようなものなのでしょうか


(鷹) 私が文化人類学に出会ったのは、大学2年生の時です。教養科目の1つとして文化人類学の授業を履修したのですが、その担当教員が青木保先生という方でした。のちに大阪大学の教授となり、また文化庁の長官や国立新美術館館長を務められた方です。この授業では主に、タイの仏教についてや、ご自身が実際にタイの僧院で修行をした体験をお話をして下さりました。私はそうした、異文化について実体験から理解するというフィールドワークというもの自体が学問の方法として衝撃的で新鮮だと感じ、文化人類学に興味を持つようになりました。


(す) とても大きな衝撃だったのですね。その後はどうされたのですか?


(鷹) その後、大学3年の夏から1年間、文化人類学の専門教育研究機関があるオランダのナイメーヘン大学に留学しました。この1年間そのものが異文化体験、フィールドワークでしたね。

(鷹)大学卒業後は、大学院に進学し、修士課程を経て博士課程2年目に、比較的治安の良いチュニジアへ留学しました。そして帰国後、博士課程に復学した後、筑波大学大学院の地域研究科に文部技官として勤務し、その後桜美林大学の教員になり現在に至っています。

<日本の文化人類学的研究が少なかったアラブ・イスラーム社会を研究対象に>

(す) チュニジアに留学されたということですが、チュニジアというと中東地域に属しますね。なぜ中東地域を対象にされたのですか?


(鷹) 大学院で文化人類学を専攻するということになって、どの地域を研究対象にするかとなったときに、日本では未だ人類学的研究が僅かしか行われていなかった中東、イスラーム社会をやっては?という指導教官の助言もありこの地域を研究対象とすることに決めたんです。
その時までは、私もイスラーム社会についてはあまり知らず、怖いイメージもあったのですが、イスラーム社会は特に男性と女性の行動する空間が分かれているところもあり、女性研究者だからこそ出来ることもあるこの地域を選んだということもあります。


(な) なるほど、女性だからこそ入れる領域がたくさんありますしね!


(す) その後チュニジアに留学されたということですが、チュニジアではどんな研究をされていたのですか?


(鷹) まず、国全体を調査することは難しかったので、チュニス大学の教授のアドバイスもあり、アラビア語のクラスメイトで意気投合したドイツ人女子学生と一緒に、チュニジア各地を歩き回り、最終的にチュニジア南部のセダダ村というところを調査地にすることに決めました。

チュニジアの街並み
撮影 なつみ

(鷹) イスラームというと一神教というイメージが強いですが、セダダ村にはたくさんの聖者が祀られていました。そこで、イスラーム聖者信仰にまつわる口頭伝承を収集し、その歴史や信仰儀礼に関する調査を行いました。
その後、時間はかかりましたが、その調査研究をもとに『北アフリカのイスラーム聖者信仰 ーチュニジア・セダダ村の歴史民族誌』と題した博士論文を書いて、出版しました。


鷹木恵子(2000)『北アフリカのイスラーム聖者信仰—チュニジア・セダダ村の歴史民族詩』
東京 : 刀水書房

(す) こうした経験が、先生の日頃の講義や研究を支えているんですね!


(な) 先生の行動力にはいつも驚きです!笑


【ジェンダーとの出会い】

<ジェンダー問題が阻んだ研究作業>

(す) 先生は現在、桜美林大学でジェンダー関連の授業を担当されていますが、先生がジェンダーと出会ったきっかけはありますか?


(鷹) 私自身は、最初からジェンダー論やフェミニズム論に関心があったわけではなくて、むしろ宗教人類学から研究をスタートしました。その中で、宗教文化との兼ね合いでアラブ・イスラーム社会の研究に関わりを持ったのです。

(鷹) 当時のアラブ・イスラームの特に村レベルなんかでは、暗黙知として、男性と女性の空間の使い分けがありました。つまり、私たちとは異なる男女の行動規範や男女隔離などの習慣があったんですね。そうした現場でフィールドワークを行う過程で、女性研究者である私もまた男性の空間で調査が出来ないという現実的な問題に直面し、ジェンダーの問題に無関心ではいられなくなったという状況がありました。


(す) そういうことだったのですね、、難しい問題ですね。


(鷹) そうなんです。


<一人前の女性になるために、多くのことを習得しなければならなかった>

(鷹) そして、もう1つきっかけがあります。それはアラブ・イスラーム社会の女性が置かれた状況を目の当たりにしたことです。


(な) どういったことでしょうか?


(鷹) アラブ・イスラーム社会は国際機関の統計数字などでは、ジェンダーギャップが大きく、女性たちの経済活動率が低いという結果が出ています。実際に、セダダ村で女性たちと共に生活をしていると、確かに家庭外就労をしている女性は村の総人口3千人ほどの中で1人か2人でした。幼稚園の先生や医療関係の支援をするスタッフです。


(す) となると、やはりジェンダーギャップが大きくなってしまいますね。家庭外就労をしていない女性たちはどのような暮らしをしていたのでしょうか。


(鷹) しかし家庭外就労の女性が少ないと言っても、村の女性たちがみな家庭の中にいて、働いていないというわけでは全くありません。

(鷹) 私たちは、日々、電気や水、家電などを使うことが当たり前の社会に生きていますが、そうした地域には家電製品などはごく少なく、洗濯や炊事、織物などありとあらゆることを手作りで、手作業で行っていたわけです。


(す) 全部手作り、手作業とは、、ちょっと想像がつきません、、


(鷹) 例えば、私たちは日々、当たり前のように布団や絨毯などを購入し、使用していますよね。しかし、アラブの国の女性たちは、一頭の羊の毛を刈り、洗い、干して毛糸に紡ぎ、自然の素材で染色をして、機織機で織りあげていきます。その機織機自体も44ものパーツを組み合わせ、自らで組み立てるのです。

(鷹) 日本であれば、複数の職人さんたちが手分けしてこうした作業を行っていますが、農村の女性たちはそれをたった一人でこなしているのです。そうした女性たちが身に付けている技術や知識にも関心を持ち調査研究をしてきました。

チュニジアで売られていた絨毯
撮影 なつみ
(鷹) その研究を通して、一人前の女性になるということが、いかに多くの事柄を学び、習得し、習熟しなければならないのかということに気付かされることになりました。


(す) なるほど。日本でも専業主婦の負担などは問題になっていますが、それ以上に厳しい状況下で女性たちは働いていたんですね。


(鷹) そうなんです。問題は、実際には非常にたくさんの労働をしているにも関わらず、それが経済すなわち賃金的に評価をされていないことにあります。また、経済力、財力がないために、物事の発言権や決定権を有していないことも問題なのです。

<人類学者として、現地の人々のために何が出来るのか>


(鷹) 私は、統計数字ではとらえきれない部分や記録されていない部分を人類学者として明らかにしたいと思い、最初は地域の歴史伝統文化である、イスラーム聖者信仰についての口頭伝承を収集しました。これらの口頭伝承はまさに、村の書かれていない歴史とも大いに関係していました。そのため、書かれている歴史と、書かれていない口頭伝承だけで伝わっている歴史とを交差させながら、この地域の歴史を明らかにするという手法で本を書きました。


(す) その本は、実際に現地の人は読んだのですか?


(鷹) はい、実際に村の人には本の出版後、日本語ですが、それを届けました。しかし、村の人々はあまり喜びませんでした。撮影した写真はいつも届けており、それらは喜んでくれましたが、本の内容は、村の人々にとっては当たり前のことばかりで、良く知っている聖者のことが書かれていても、彼らにとっては、それで生活が楽になるわけでも、経済的な発展につながるわけではなかったからです。

(鷹) 村の人々は、もっと生活が楽になり、子供にも十分な教育を与えてあげられるような状況を切望している実態を目の当たりにし、人類学者として何が出来るのかということが次の研究課題として出てきたわけです。


(す) それは実際に現地での経験がないと気付けないような難しい問題ですね。


(な) そうですね、より本質的な部分にせまる大切なポイントだと思いました。


(す) 次の課題に対しては、どのように取り組まれたのですか?


(鷹) 博士論文の執筆の後、北アフリカやチュニジアでちょうど、国家政策としてマイクロクレジットという貧困削減プログラムが始まったんです。それが、貧困の村の人々などにどんな影響をもたらすのか、またもしそのプログラムに問題があるならどのように解決していけばよいのかを考えることが私自身のやらなければいけない研究課題だと思い、すぐに次のテーマとして、チュニジア、アルジェリア、モロッコを対象にしてマイクロクレジットの比較研究にとりかかりました。

チュニジア シーディ・ブー・サイード
撮影 なつみ

(な) マグリブ地域ですね


(鷹) そうですね。
その過程で、経済開発だけでなく、男女平等や女性の社会進出を推進する「社会開発」、そのために女性たち一人一人が決定権や発言権を強化できるようエンパワーされているための「人間開発」など広い意味での「開発」の理論や実践にも関心を持ち、研究を進めていくようになりました。


(す) 「開発」とジェンダーの問題はこれほど密接に関わっているんですね。


(鷹) そうですね。こうした研究をチュニジアを対象に続けていたところ、10年前、そのチュニジアで、「アラブの春」の始まりとなった「民主化革命」が起きたのです。私は当時のチュニジアの民衆、特に女性たちの目を見張るような活躍ぶりを目撃することとなり、そうした人々に多くを教えられるなかで、ジェンダー研究をさらに進めていきたいと考えるようになり、現在に至っています。


鷹木先生インタビュー_210210

みなさんいかがでしたか?チュニジアという国をはじめて聞く人もいたのではないでしょうか??
ここまで、鷹木先生の学生時代から、チュニジアでの文化人類学の研究の始まりまでを追ってきました。後編では、現在のことや、桜美林大学とジェンダーの関わりについて伺いたいと思います!
次回もおたのしみに!

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桜美林大学ジェンダー研究会 “I am”
はじめまして! 桜美林大学ジェンダー研究会“I am”です☺ 桜美林学生一人ひとりが、自分自身と向き合い、人の多様性を尊重できるような大学にするため、 学内外で啓発活動や講演会を行っています☺