つまづいて拾ったもの
結構前のことになる。
我が家は共働き。子どもは3人。
まだ子どもたちが自分のことを自分でできないころ。
いつものように仕事を終えて、遅くに帰宅。
家人がいない。長女に聞くと、まだ帰っていない、ご飯もまだということ。
急いで夕飯の支度をして子どもたちをお風呂に入れた。
その頃気づいていなかったのだが、
家人は職場の変化から忙しくなっていた。
どうやら毎晩遅いらしい。
その頃の僕は、自分の仕事がむちゃくちゃうまくいっていなくて、
辞めたくて、仕事を変えたいなとも思っていた。
頑張りたくても向きあえなくなっていた。
家人の仕事状況を職場に伝えて、自分は時間外の仕事がほとんどできないことにしてもらった。自分にとってはよい逃げ道だった。
そこから、夕飯を作って朝の炊飯をセットして、洗濯を片付けて、
洗い物をして、子どもたちお風呂に入れて、寝かしつけて。
気づいたのは、
どんなに仕事がしんどくても、
そこでしなければならない家事があって、ご飯作っていると気持ちも自然に切り替わるってことだった。
もちろん、次の日の朝は、仕事が憂鬱でもう行きたくなくて行きたくなくて。
家庭を理由に仕事と距離を置けたのは救いだった。
家のことをよく見るようになった。
ああそうか。
この家具も
食事を彩る食器も
冷蔵庫の中の食材も
僕がご飯をつくる調理器具も
調味料も
ゴミ箱も
ゴミ袋も
毎年大きくなる子どもたちの服と靴も
子どもたちの下着も
幼稚園や保育園や小学校で必要なものも
全部家人がやってきたことだ。
ぼくは何もしてこなかった。
言われたことをやって、それでちゃんと家のことをやっているつもりだった。
全然彼女に届かない。
彼女はすごい人だ。家を成り立たせて、仕事もこなして、
愚痴も言わず、もちろん家では僕や子どもたちに小言はいうし、時には言いすぎることもある。
だけどそんな言い過ぎ大したことじゃない。
そのくらい家をつくってきたのは彼女だ。
たぶん、たくさんの主婦って言われる人は、
凄いことをしている。
ぼくが食器を揃えたら、もっと味気ないものだったろう。
僕が家具をそろえたら、使いづらくて、もっと家は散らかっただろう。
子どもたちの洋服はどうなっていただろう。
あの時、仕事につまづいていたから、
家のことを見ることができた。
家庭を持ってもうすぐ20年、
どんどん自分の家庭がいとおしくなる。
あの時につまづいていたから、
大切なものを拾うことができた。
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