かみはばらばらになった

アラフォーに「子どもの頃好きだったゲーム」を聞くと、
かなりの割合で上がるだろう、ゲームボーイの「SaGa」サガシリーズをごぞんじか。 

「魔界塔士SaGa」「SaGa2 秘宝伝説」「SaGa3 時空の覇者」は、スクウェア社が出したRPGのシリーズで、白黒ドットの世界ながらお家芸である重厚でバラエティに富んだストーリー、イトケン氏のダイナミックでエッジのききまくったBGMが魅力の、ロマサガとかサガフロとかに続くエポックな大名作だ。
80年代にゲームをしていた人たちなら夢中で遊んだ当時を懐かしく思い出してくれると思う。

私もこのGBサガシリーズが大好きだった。
でも当時ゲームボーイを遊ぶ女子は周囲にあまりいなかった。というか熱心にゲームをやる女子はほとんどいなかった。
マリオやテトリスやハットリくんを兄弟とやる子はいても、ドラクエやFFをぎゅんぎゅんにプレイして、おもちゃの銀のタロット(マーニャとミネアが持ってたやつね)やまほうのカギ(真ん中の石が体温で色が変わる)を買ってしまうような痛い子は私だけだった。(たぶん)。

なので、私はもっぱら男子とゲームの話をした。
その中で、圧倒的にゲームの趣味があったのが、中一の時の同級生である「みなよし」という少年だった。本名は覚えていない。
背が低くて、校則で決まってるわけでもないのに坊主頭で、小さな顔にきょろっとした目の愛嬌のある顔をしていた。とくに勉強もスポーツも得意ではないけれど、なんとなく飄々とした気さくな雰囲気を持った憎めないやつで、クラスのヒエラルキーと関係なく、男女問わず好かれていた。

ある日給食の時間に、同じ班のみなよしに私はゲームボーイのサガシリーズがとても好きだった、という話をした。俺もやったやったやった、とみなよしは言った。
とにかく音楽がめちゃくちゃかっこいいとか、人間女の素早さに全振りしたとか、サガ2が一番好きでクリアした後も10週くらいしたとか。みなよしはお父さんと一緒にやった、と嬉しそうに言ってて羨ましかった。うちは両親のどちらもゲームに興味がなかったから。ストローで三角の牛乳パックをぱかぱかいわせながら、私たちの話は弾んだ。
それから、サガ1はバランスがけっこう難しかった、神様がなかなか倒せなかった、という話をしたら
「神さまはチェーンソーで一撃なんだよ」
「えっまじで?????」
当時、ネットもなければSNSもない。難所をクリアするには攻略本を買うか、友達同士の口コミが全てであった時代に、驚愕の情報だった。
わたしは急いで家に帰り、久しくやってなかった魔界塔士サガをゲームボーイにいれて電源を入れた。
Nintendo、というロゴが降りてきて、「ピコーん」というサウンドが鳴る。早くゲームをやりたくて、いつもその一瞬の間がじれったかった。
言われた通り、パーティメンバーにチェーンソーを装備させて最後のセーブデータからラスボスに挑む。
すると、
「かみはバラバラになった!」というテキストが表示されて、神は真ん中から真っ二つになった。
悔しいような、新しい発見をしたような、不思議な高揚感に包まれた。
「すごいよ、みなよしの言う通りだった! ばらばらになってた!」
私はこの興奮を真っ先に伝えたくて、翌朝みなよしの席に走って行った。しかし、「おう」と顔を上げたみなよしを見てびっくりした。前日にはなかった大きな痣が、右の目のまわりにあって顔の半分くらいが青黒く晴れていた。
「どうしたのそれ」
「ちょっと転んで」
それにしたってそんなとこ怪我するか? と思ったけれど、その時は、あんまり気にしていなかった。

そんなある日、ただの仲良いゲーム友達だったみなよしの評価が、私の中で決定的に変わった事件が起きる。
その日、みなよしは学校にジャンプを持ってきて読んでいた。
大体の中学校はそうだろうけれど、うちの学校も漫画を持ってきてはいけないルールだ。けれど、そういうことをあまり気にしない数人の生徒たち(みなよしも含まれる)は、朝買ったジャンプやサンデーを持ってきて、読み終わるとこっそりクラスメイトに回していた。
わたしは毎週、みなよしに借りて大好きな幽遊白書の続きを読んでいた。そこを、間抜けにも担任の教師に見つかってしまったのだ。
「これ誰の」
恐ろしい顔をして、担任の女性教師が私に圧をかけた。
「……あ、みなよしの」
思わず反射的にゲロってから、しまった、と思った。今、わたしは最低なことをしたんじゃないか?
その後、当然みなよしは職員室によばれて、叱られジャンプを取り上げられて戻ってきた。
「ごめん、みなよし」
わたしは駆け寄って謝った。
「ああ、いいよ。ぜんぜん」
なんでもない様子で、気にするそぶりもなく彼は言った。
私だったら、まぬけにもバレるような読み方をしていた上に、借りていたくせに持ち主をバラすという卑怯さに、きっと怒ってしまうだろう。中学一年にして、なんという心の広さか。
ちょっといい奴だな、という感じだったみなよしが、同じ年とは思えない悟りと崇高さをもった人間に思えて、尊敬の対象に変わった。

しかし、結果的に、みなよしとの友情はあまり長く続かない。
みなよしと私が最後にきちんと話をしたのは、夕方のスーパーマーケットの駐車場だった。私はひとりで、サーティーワンのアイスを食べていた。(学区外の少し遠い塾に通っていたので、帰りにそこを通るときだけジャモカアーモンドファッジを食べるのを秘密の楽しみにしていた。)
そこに突然、低い怒声が轟いた。
「てめえ、ふざけんじゃねえぞこらあ!」
それから、ばしっとすごい音がひびいた。
さっと視線をそちらに向けると、色黒でガタイの良い、とび職風の中年男性が、車で誰かを怒鳴りつけていた。
ヤバそうな様子に、周囲の人は皆目を逸らしていた。
それから、
「ごめんなさい」
という子どもの微かな声が聞こえた。私ははっとした。聞き覚えのある声だったから。
思わず凝視すると、みなよしが、さっき怒鳴った男と一緒に車から降りてくるところだった。
みなよしとばっちり目があったが、彼は少し決まりが悪そうにして、瞼を伏せた。飄々とした、学校のみなよしとは全然違っていて、おどおどした様子でずっと下を向いていた。みなよしの顔には、また以前と違う場所に、赤黒い痣ができていた。
一緒にいるガタイの良いのはおそらく父親だろう。さっきのは、きっと父親がみなよしを殴った音だ。
「……みなよし!」
少し迷ってから、わたしは怯まず声をかけた。なぜか、そうしないといけない、と思った。よく分からないけれど、ここでそうしないと、大きくなにかを損なってしまう気がした。
「ああ」
みなよしは、いつもと同じ様子で、片手をあげて返事をする。
父親らしき人は、私たちを交互に見ると、なにも言わずにみなよしを置いて店の中に入っていった。
「だいじょうぶ」
「うん」
「おとうさん?」
「うん」
馬鹿みたいだけど、それ以外に何も言えなかった。
当時、私は子どもで、暴力やDVのことなんて全然知らなかった。怖くてちょっと乱暴なお父さんなんだな、程度の理解しかできなかった気がする。
それに、みなよしはお父さんが好きなのだ。一緒にゲームをすると言ってた嬉しそうな顔を思い出して、私はたまらない気持ちになった。
みなよしが黙っているので、私はなんとなく気まずくなって、少年ジャンプのことをまた謝った。「みなよしはクールでいいやつだ。わたしはカッコ悪かった」みたいなことを言った。
みなよしはやっぱり、全然いいよ、そもそも俺が持ってったのが悪いんだし、と小さく笑った。
「みなよし、今度さ一緒にゲームしようよ」
今思えば、わたしは、どうにかして、何かを伝えようとしていた。
あんたは悪くないとか、気高くていいやつだとか、傷つく必要なんかないのだとか、そういうさまざまな感情が入り混じって、しかし中学生のわたしは言うべき言葉なんか知らない。
なんとか彼を救いたいと思っていたのかもしれない。そんなことは、子どもの私にはとうてい無理だということくらいはわかっていたのだけれど。
「一緒にゲームしよう」
それだけ、言った。
「うちでも、外にGB持ってってもいいよ。一緒にやろうよ。なんかお互い面白いソフト持ってきてさ。塾がない日なら遊べるから」
「いいよ。楽しみだね」
みなよしは笑った
そのうち、店から父親が出てきて、みなよしを車に乗るよう促した。
わたしは食べていたアイスを半分と、買い物袋に入っていたコーラを一本あげた。サンキュー、と受け取ってみなよしは手を振っていった。

それから、一ヶ月ほど経ったころだった。
あまり話す機会がないまま、みなよしは学校を休みがちになっていた。
少し嫌な予感がしたけれど、今と違って携帯もメールもない。彼と個人的に連絡なんか取れないのでわたしはクラスでやきもきしているしかなかった。
あまりにみなよしが来ないのでクラスの皆が変に思い始めた頃、神妙な顔で、担任教師がホームルームで告げた。
「みなよしくんが、転校しました」
クラスに絶叫が響いた。
「え、もう学校に来ないってことですか」
「残念だけど、そう……」
担任教師も、心なしか悲しそうにそう言った。
思えば、教師のあの表情からして、きっと事情を知っていたのだろう。顔に大きな痣を作ってきた生徒を、前世紀の公立中学とはいえ見逃すとは思えない。
ざわついている生徒たちに、色々と教師が付け足した。
みなよしの転校は親の都合で、しばらく前から決まっていたが、悲しくなったり気を遣われたりしたくないので彼はずっと黙っていたそうだ。
特にお別れを言わずに去りたい、というのも本人の希望だったと。
私とスーパーで会った時も、たぶんもう転校は決まっていたのだろう。
彼はどんな気持ちで、わたしとゲームをする約束してくれたんだろう?

今でも、サガの話になると彼のことをを思い出す。
みなよしはいったいどこに行ったのだろう。今でもゲームをしているだろうか、漫画を読んでいるだろうか。
わたしと同じ年の、中年でサブカル好きの人の良いおっさんになっているみなよしを想像する。そうあってくれ、と祈るような気持ちすらある。

その後、わたしも父親の都合で転校することになったので、中学校のあった地に戻ることもない。もう彼と会うことは一生ないだろう。
わたしのゲームボーイの中には、果たせなかったゲームのフラグみたいに、彼との約束が残っている。


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