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カリギュラ2

「カリギュラ2」時間に多少余裕が出来たので、購入から時間は掛かりましたがクリアしました。

電ファミニコゲーマーのインタビューを読んで、「ここまで言葉を選んで語るべきことを届けられる人達の作る作品は信じられそう」と興味を持ったのが、知ったきっかけです。

・「メジャーコンテンツで救われない人々を救う作品を作りたい」──若きプロデューサーの想いを込めた『カリギュラ』は、メジャーでもマイナーでも心が救われない、“汽水域(きすいいき)”に生きる人々に向けられたゲームだった

「メジャーコンテンツで救われない人々を救う作品を作りたい」──若きプロデューサーの想いを込めた『カリギュラ』は、メジャーでもマイナーでも心が救われない、“汽水域(きすいいき)”に生きる人々に向けられたゲームだった「メジャーコンテンツで救われない人々を救う作品を作りたい」──若きプロデューサーの想いを込めた『カリギュラ』は、メジャーでもマイナーでも心が救われない、“汽水域(きすいいき)”に生きる人々に向けられたゲームだった 次世代のゲームクリエイターにスポットを当てる連載「新世代に訊く」の第4回として、『カリギュラ』シリーズのプロデューサーを務 news.denfaminicogamer.jp


そこからトレーラー動画を観て、sasakure.UK「SINGI」の音楽性が琴線に触れた事が後押しになり、世界観、ヴィジュアルも好みのため即購入。

今作では世界観協力という形で里見直 氏も関わっており、「女神異聞録ペルソナ」に大きな影響を受けたプレイヤーとして、また違った形でその想い出が甦る懐かしさも感じます。

・『Caligula2』1stトレーラー

ゲーム冒頭から「SINGI」に続いて、kemu「永遠の銀」、Ayase「オルターガーデン」と、各ボカロPによる力と心のこもった名曲が次々聴ける展開に気付けば抜けられなくなる魅力があります。

各ステージでは、楽士のテーマソングがヴォーカルレスでBGMとして流れ、戦闘に突入するとヴォーカル入りに切り替わる、と言うシステム。

これが絶大な効果があり、最初はメロディが耳に残る形なのが、戦闘を繰り返す内に少しずつ歌詞の単語や感情表現が印象に残るようになり、楽士を攻略して背景を知ったあとには「今まで無意識に少しずつ覚えていたメロディや歌詞の言葉はこんな意味だったのか」と共感できるようになっています。


ゲームの大きな特徴として、「帰宅部」メンバーとの親密度が上がると、仲間の「心の奥に踏み込むか」を選択できます。

クリアするには必須ではない選択を、あくまで自分の意志で決定すること。

その結果、踏み込まなければ知らなかった仲間の内面を知り、二度とそれを知る前に戻ることは出来ない関係(プレイヤーにとっても!)になると同時に、自分の見ていたものが多層性のある世界の一面に過ぎないと実感することになります。

「元の関係に戻れないとしても選ぶ」と言う行為は、その選択に責任を持てるよう誠実なかかわりを持つ事へと繋がります。
だからこそ、本音でのやり取りによって心のどこかが救われる、と感じます。

開発者インタビューで「ひとりひとりの悩みや痛みは違うはずなのに、それがカテゴライズされることで、理解したように思われてしまう生き辛さ」について語られていましたが、ゲーム自体もそれを理解した上で生み出された物語になっています。

だからこそ、「帰宅部」も楽士もそれぞれがひとりひとり、ありふれたものもそうでないものも、自分自身にとっては唯一の切実さを抱えていて、それを切実なまま向き合う事でやっと許せるものがあるのだと素直に感じる事が出来ます。


クリアしてから振り返ると、人間の心をわからないバーチャドールのキィが「帰宅部」との日々で心を学んで成長していく事は、時間を掛けて共に過ごすプレイヤーにとっても同様に心を学び成長することの追体験でもあり、結果としてプレイヤーである自分自身の心の「育て直し」をする意味もあったのだとも感じました。

以前に「ドラえもん」について、「一つの話の中で、ひみつ道具の力を借りて一時的に好き放題夢を叶えるものの、最終的には元の日常に戻る」と言うのび太の在り方が、「漫画を読んでいる間だけは、その世界に没入できるが、最終的には元の日常に戻る」と言う読み手の子供の在り方と、構造的に一致していると考えたことがあります。

その構造で言うなら、リドゥで問題と向き合って現実に戻る事を選択した「帰宅部」は、「カリギュラ2」をプレイすることで救われた心であらためて現実を生きていく事を選択するプレイヤーそのものなのだと感じました。


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