天職と搾取
1. はじめに
英語で天職のことを "calling" という。神様から与えられた才能に基づいて人は労働をすべきであり、例えば教師という仕事は神様がその人に与えた召命であり、その証明に基づいて人は職務を全うすべきである、というのがこの根底にある。
これはいわゆるプロテスタンティズムにおける天職という考え方であり、マックスウェーバーが資本主義の成立に見出した概念の一つである。
もちろん、今では上記のような厳密な意味で用いられることよりも、「自分に最も合った仕事」という意味で用いられるように思える。
今回はそんな「天職」に関する研究。論文は以下の通り。
Bunderson, J. S., & Thompson, J. A. (2009) The call of the wild: Zookeepers, callings, and the double-edged sword of deeply meaningful work. Administrative Science Quarterly, 54, 32-57.
2. 「天職」の効果
Bunderson らは動物園の飼育係らに対してインタビューを行い、そのインタビュー結果をもとに調査票を作成し、157のアメリカおよびカナダの動物園の職員ら491名から回答を回収し定量的分析を行っている。
彼ら曰く、「天職」という感覚は人々の職業に対するアイデンティフィケーションを促進する効果があるという。
例えば、教員という職業を天職と感じている人は、「教員であること」がその人のアイデンティティにとって極めて重要になり、「私=教員」という結びつきが強くなる。このような同一化プロセスのことをアイデンティフィケーションと呼ぶ。
アイデンティフィケーションが高まると以下のことが生じる。第一に、人は仕事に対してやりがいや意義を見出すようになる、ということである。第二に、人は仕事に対して重要性を認識するようになる、ということである。
一方、「天職」という感覚は人々に道徳的義務を抱かせる効果もある。すなわち、「この仕事は何が何でもしなければならない」という義務感を人々に生じさせてしまうのである。
この結果、人々は自己犠牲をいとわなくなり、自身が所属する組織に対しても自分が負っている責任と同様の責任を持っていると考える傾向が高まるという。
3.分析手法と結果
分析は上記の仮説を導き出すために行われている。まず、探索的なインタビューを行い、仮説を立案している。そして、インタビュー結果から調査票を作成して実証分析を行っている。
仮説を導き出すための知見が十分でない場合、このような探索的調査を行ってから実証研究に移る、というのは非常に有益である(もちろん、研究者にとってはかなりの手間がかかるのだが)。なのでこの論文は良いお手本といえる。
分析は単純な最小二乗法を使っている。結果は仮説通りの結果になった。
「天職」の感覚 → 職業に対するアイデンティフィケーション → ①仕事の意義と②職業の重要性の感覚
「天職」の感覚 → 道徳的義務感 → ①自己犠牲と②組織に対する同一の義務の感覚
4.天職はもろ刃の剣
天職という感覚には良い面と悪い面の二つがあることをBundersonらは示した。第一に、天職は人々に仕事の意義と重要性を抱かせるようになる、ということである。
これらのベネフィットは職業に対するアイデンティフィケーションによって仲介される。すなわち、職業が自分のアイデンティティに大きな割合を占めるようになり、その結果仕事に対して意義と重要性を感じるようになる、ということである。
一方、天職の悪い面は、それが道徳的義務感を通じて自己犠牲や組織に対する同様の責任を付与する点である。自己犠牲に関しては、自分の休暇を返上して仕事をしてしまうことや、安い給料でも働き続けてしまうことがあげられる。
実際に、今回の研究のサンプルとなっている飼育係の人々の中にも、その仕事だけでは食べていけず、複数の仕事をこなす人や配偶者の収入に依存している人がいたという。またインタビューでは、もらえるお金は少ないけど、動物にかかわる仕事を誇りに思っており、ほかの仕事は考えられない、と述べているケースも見受けられた。
組織に対して同様の責任を付与する、ということは、簡単に言えば「私がこんなに動物のことを考えて仕事をしているのだから、動物園の経営者も同じような視点で経営すべきだ」と考える傾向が強くなる、ということである。
例えば、動物園であればワークライフバランスを推奨しましょうと経営者が方針を出したとしても、飼育係等はそれが動物たちにどのような影響を及ぼすのか、といったことを心配するだろう。最悪、ワークライフバランスなど不要で、動物中心の勤務形態にすべきだ、などと言い出すかもしれない。
本当に天職を見つけるべきなのか、もう一度考えるには良い論文である。
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