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映画レポ|『カモンカモン』大人も子どももそんなに違わない

大人と子ども。
護るものと、護られるもの
知るものと、知らないもの
力を持つものと、持たないもの…

私たちは知らず知らずのうちに、そんな風に大人と子どもを分け隔ててはいないだろうか。24年を生きる今の私は、ジョニーの視点も、ジェシーの視点も本来なら持ち合わせていない。なのに共感する部分が多いのは、なぜだろう。

■あらすじ

NYでラジオジャーナリストとして1人で暮らすジョニーは、妹から頼まれ、9歳の甥・ジェシーの面倒を数日間みることに。LAの妹の家で突然始まった共同生活は、戸惑いの連続。好奇心旺盛なジェシーは、ジョニーのぎこちない兄妹関係やいまだ独身でいる理由、自分の父親の病気に関する疑問をストレートに投げかけ、ジョニーを困らせる一方で、ジョニーの仕事や録音機材に興味を示し、二人は次第に距離を縮めていく。仕事のためNYに戻ることになったジョニーは、ジェシーを連れて行くことを決めるが…

【映画『カモン カモン』公式サイト】
https://happinet-phantom.com/cmoncmon/

■モノクロ表現な理由の考察

まず冒頭、この映画はなぜ白黒なのかの意図をずっと探っていた。「映画」という以上、視覚表現は最もと言っていいほど重要な表現手段。監督はインタビューでこう答えている。

「白黒にしようと思った理由の一つは、大好きな白黒映画がたくさんあるからだけれど、もう一つの理由は、この映画における『親密さ』を描き出すのには白黒のほうが良かったから」だという。白黒ならば、余計なものに気を取られずに主人公たちの表情に集中できる。「この映画は、絵の具をつかった絵画ではなく、素描や線画のようにしたいと思っていた。シンプルで、力みがなくて、率直で、もったいぶったところがない映画にね。大げさでないからこそ、素描は、人をするりと引き込んで、心を揺さぶる」

【読売新聞オンライン】
https://www.yomiuri.co.jp/culture/cinema/20220420-OYT1T50207/


私個人としては、“映画”というジャンルのなかで視覚情報を極限まで搾り、音声の優先順位を最も高めた作品として彼らの言葉を表現したかったのではないかというところで納得していた。主人公のジョニーはラジオジャーナリスト、つまり言葉の専門家だ。話の進行としてもインタビューやクラシックなど、音に関する特徴的なシーンが多い。
観終わったあと心に残ったのも、ジョニーがジェシーを呼ぶ声やジェシーがマイクに呟く声だった。

■私がインタビューされたらきっと困るだろうな

子どもの言葉というのはストレートに心臓を貫く。自分でもわからない感情で、所々なぜか泣いた。
監督もインタビューで、映画に出てくる言葉は子どもたちの生の声だと語っている。
「君は自分についてどう思う?」「もしもスーパーヒーローになれたら?」「君の未来はどうなってると思う?」…もし自分が同じことを尋ねられたら……何も答えられる気がしない。週5日間働いてひとりの部屋で眠り、日曜の夜は生き地獄かと嘆いている。おい、暗すぎるぞ。もう少し…現実を、子どもたちのように広く見ろよ。
そうだな、もし私がスーパーヒーローになれるなら…とりあえずアメリカへ行って、スパイダーマンと握手がしたいな。

■観る年代が違っても、感想は変わらないかも

ここからは、作品本来のテーマとはズレるかもしれない個人的な感想になる。冒頭にも記載したが、私は現在24歳。もう大人と呼ばれる年齢ではあるが、親の気持ちはまだわからないし、9歳の記憶は流石に遠い。だけど自分もよく、そばにいて欲しいのに誰かを突き放したり、反面、孤独を感じている人をひどく愛おしく感じる。2人のやり取りがまるで自分の心の中の葛藤のようで、引っかかるものがあった。

物事は全てがグラデーションだ。ジェシーがジョニーを寝かしつけることも、ジョニーが大きな身振りではしゃぐこともある。2人が分かり合えたのは、大人と子どもが、きっちり分かれていないグラデーションな生き物だからだと私は思う。
40代になってもう一度この映画を観たとき…もしかしたらまた同じものを感じるのではないだろうか?どうだろう?

■まとめ

『JOKER』以来に観たホアキン・フェニックス。
表情豊かな彼はとても素敵だった。
私はいつもFilmarksに映画を記録しているが、今作もかなりのお気に入りとして仲間入りした。

またいつか歳を重ねて観てみたい。
そのとき、隣に愛する我が子がいたら…
考えると少しだけ、未来が楽しみだ。

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