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たのしい読み切り小説#2「面接」

「それではまず、お名前を教えてください。」
「はい。田辺麗子たなべれいこと申します。」
田辺は、緊張で自らの手が震えているのが判った。
だが、私には「ここ」しかないのだ、落ち着け。今はただ、できることをやるしかないのだ────と自らを諭し、小さく呼吸を整える。
「田辺さんですね。当社の社員募集にご応募いただきありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします。」
田辺は、よろしくお願いします、と会釈を返した。

二人の男性の面接官のうち、痩せ型の方が、眼鏡を人差し指でくいっと掛け直し、続ける。
「それでは、早速、面接の方に移りたいと思うのですが────まず、当社を志望した動機について、伺っても宜しいでしょうか?」
「はい。端的に申し上げますと、組織というものに興味があったからです。」
「おお、なるほど。やはり皆さんそこは興味を持たれますよね────では、すみません。もう少し、志望動機について具体的に伺っても宜しいでしょうか?」
「はい、そうですね……私はこれまで文化人類学を学んでいたのですが」
おお、と二人の面接官は反応し、顔を見合わせた。
それもそうであろう。今時、学問をやっている人間自体かなり珍しくなってしまったのだから。
「私の研究対象というものが“国家”だったんです。
少し、ラディカルな思想のように聞こえるかもしれませんが……私は所謂、旧体制世界についての研究を重ねるうちに、あの時代にこそ、真の”自由“の形があったのではないかという、結論に至ってしまったのです。」
なるほど、と痩せ型の面接官は相槌を打ち、「それで……ある意味ではその“国家“の縮小版とでもいえるであろう、私たちのような企業組織にご興味を持ったということで……宜しいですかね?」と確認した。
「ああ、まさにそういうことです。すみません、説明不足で。」
面接官の二人は、また、ちらりと顔を見合わせ、頷いた。

すると、これまで黙っていた、もう一人の小太りの方の面接官が喋り始めた。
「いえいえ、田辺さん、とても素晴らしいです。あなたこそがまさに、我々が求めていた人材なのかもしれません。」
彼の語り口は、低く落ち着いたものであったが、その息遣いから興奮を抑えていることが田辺にも伝わった。
「”あらゆる権力の解体“こそが真の自由と平等であるという思想が今、現代社会を支配しています────確かに、あの“支配の時代”の犠牲は大きかった。だが、それだけで支配という体制を頭ごなしに批判することは間違っていると、我々もまた、考えているのです……」
おっと、失礼。面接官がこんなに喋ってどうするって感じですよね、と小太りの面接官は笑った。
それにつられ、田辺も笑って「いいんです。私も、御社のそのような理念に共感して入社を希望したのですから」と返した。
田辺の手の震えは、気づけば既におさまっていた。
面接官の彼らも自分と同じような人間であることが解ったからだ。そして、そういった人間に彼女もまた、初めて出会ったため、彼女もその嬉しさにまた興奮していた。

「では、すみません。次の質問に移りますね。」
細身の面接官が、仕切り直す。
「今ままで、どのようなことに打ち込まれてきましたか?」
「そうですね……これは先ほどの答えとも関連しているのですが、研究のための、失われた文献の収集ですね。旧時代の多くの文献を収集し、“国家“が存在した時代の姿というのを、可能な限り再現しようと努力しておりました。」
「なるほど、それは素晴らしい取り組みですね。」と細身の面接官が言うと、田辺は「そう言って頂けたのは初めてかもしれません。」とはにかんだ。
「実はうちも、似たような取り組みを企業として行なっておりまして」と、細身の面接官が言うと、即座に田辺は「あ、存じ上げております!」と目を輝かせた。
「“知識差の解体“への反抗という名目のプロジェクトですよね。」
「その通りです。自由の追求の名の下に、世界は、学問によって“知識の偏りが生じることは搾取の発生を招く“ということで、人類の多くの叡智を焼却しました。」
「ただ、それこそが権力の乱用であって、自由への冒涜なのではないかという主張でしたよね。それには私自身も非常に共感しております。」

はい、と細身の面接官がまた仕切り直す。
「それでは最後に、自己PRをお願いいたします。」
はい、と田辺は言いながら姿勢を正し、自信ありげにこう答えた。

「実は私、まだ一度も、人を殺したことがございません。」

その一言によって小さな面接室の空気が一気に変わったことを、田辺も感じ取っていた。
二人の面接官はまた顔を見合わせるが、今までとは異なり、衝撃のあまりについ顔を見合わせてしまったといった様子だった。
少しの沈黙の後、細身の方が「それは……すごいことですね」と口を開く。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、それは宗教上の理由か何かでですか?」「いえ、私は無神論者なので……ただ私の考えでは、権力ありきの自由な世界に、殺人を取り締まる仕組みは不可欠なのです。ですが、その主張により説得力を持たせるには、まずは私自身からそのルールを守っていく必要があるのかなと思いまして……」
「すごいな……」と小太りの方の面接官は唸った。
「我々も……その意見には同意する立場です。実際、旧体制の世界で、殺人は最もタブーであるとされてきた歴史がありますからね。
ですが、我々も実のところ、そこまでの言行一致はできておりませんでした……あなたのその行為と決断は、本当に、素晴らしいことです。我々も見習わなければなりません。」
「あなたはどうやら我々の期待以上の人材みたいですね。」と細身の面接官も微笑んだ。

「それでは、本日の面接は以上となります。お足元の悪い中お越しくださりありがとうございました。」
「そうですね……ちょっと今日は天気が悪くて、実はこの“スーツ”の端っこ、少し燃えて融けちゃったんですよ。」
細身の面接官は、ははっ、ですよねぇ、と笑った。

「では、共に“支配の世界“の再建を目指せることを、楽しみにしております。」

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