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五月某日のとある手紙

葉桜だけで空は埋まり、風に吹かれたあなたの髪が視界を遮る、ただ歩くだけで息がひとつひとつ奪われていきそうな程の五月のこと、あなたは仰ぐままで、しあわせだって言ったままで、足元にこぼれた花のひとつを救いあげるから、しあわせを諦めたあなたのその両手の中の死にかけの生命はあまりに美しいし、それとおなじような僕達の距離を守ろうとするあなたの嘘みたいな笑顔はあまりに透明でした。


夏の前触れみたいな熱が身体中に迸り、風がそれを撫でていく心地良さが存在する五月二十八日のこと、透明なあなたの真っ黒い双眸だけがこの世界に残っている。あなたが選びたかった世界線、僕が選べなかった世界線、そのふたつのガラスはその2車線を見ることが出来て、そうするとあなたは透明ではなくなって、僕が見たことのない色が咲き、世界の美しさと視界の高解像度を知って逝くのでしょう。しあわせを手に取れないあなたの瞳は真っ黒ではなくてただ空の青さを写すためだっただけのこと、しあわせを知ったあなたの両手はあたたかいのではなくてただ心臓に近い位置にあっただけのこと、
「笑って。明日海にいくんだ。」
喉に引っかかった言葉がそうなんだの声で萎んでいき、しあわせそうに笑って明日の話をした
あなたが言ってくれた言葉を丁寧に継ぎ接ぎながら、
僕とあなたの手首が赤い糸で繋がれていたら良かったね。
なんて言えばあなたのやわらかい髪の毛がまた風に揺れました。あなたを乗せた風船が風になり、空になり、流れていく。どうか、当たり前のようにしあわせな世界で穏やかに生を受け、どうか、当たり前のように終始笑顔で溢れていて欲しい。僕はそこにはいけないから、一度きりの約束みたいに指環を交換しよう。




【<br >】――――五月某日のとある手紙


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