足尾銅山鉱毒事件と谷中村
私は、高専時代から足尾銅山鉱毒事件を隠蔽するために作られたとされる渡良瀬遊水地を舞台に向き合ってきました。
その一つとして、卒業設計で水辺再編というタイトルで作品を作り追求しました。
その設計を今ブラッシュアップしています。
そこで、概要をまとめていきます。
テーマ:人と自然の原生的な関係の再生
主題:日本公害の原点である足尾銅山鉱毒問題を
隠蔽するために作られた「渡良瀬遊水地」
政府の開発により上書きされた負のインフラ。
問い:水没した谷中村の存在が忘れ去られ、
かつて存在した人と自然の原生的な関係が失われている。
「みずまて」という水害への知恵や工夫が受け継がれてきた。そんな渡良瀬遊水地の毒を浄化し、
人と自然の原生的な関係を再生する動脈に変える。
CLTの持続可能性や更新速度の速さ、強度は
再生するために優れた解決策であると考えます。
・提案によってこれまでにない魅力的な風景が生まれるか
→ベネチアやカンポンのような風景が生まれる。
みずまて遊水池
・設計手法に建築的な新しさがあるか
みずまて建築
かつて存在していた村の知恵と現代の災害に抵抗でき、持続可能な素材として木質材料であるCLTを用いる。(みずまて建築と呼ぶ)
「なんのために」
水没した村の自然との原生的な暮らしを再生するため
→水害で犠牲になった方、谷中村の人々のための建築
足尾銅山鉱毒問題により
衰退していった村の文化、人々、生物を忘れないため
その土地の伝統的な建築形式であるみずまてを手がかりに、
原生的な水との暮らしを再編していく。
「どこに」
渡良瀬遊水地の北東部
・水塚跡=旧谷中村跡地 →遺跡の保全
・カスリーン台風決潰口祈念碑 →
・堤防
「何をつくったのか」
集落を作る
遊水文化圏は、誰の生活がどう豊かになるのか?
→集落(守る会や職員)が
建築資材や生業として
稲作、畑作のほか、多くの池沼や水路を活かし、
魚捕りや湿地の植物ヨシ、スゲを使ったヨシズ編み、スゲ笠作り、
養蚕業などを再び行う。
近隣住民が水防組を作り、結びつきを強化することで
→災害時に助け合いが生まれる。
どの植物がどう幸せになるのか?
→ヨシが定期的に狩られて水質も浄化され、ヨシも幸せになる。
人間の文化がどのように進展するのか?
→葦簀産業が新たな建築資材として生まれる。
屋根材、壁、柱、などなどヨシを束ねて建築を作る。
棒出しの撤去、山林の涵養、左右へ切り開く。
橋を作る。
桜石が取れる、
赤レンガの主材料の粘土と砂は谷中村で獲れたものを使用。
野木町煉瓦窯、道、橋、水門全てある遺構を手掛かりに設計していく。
「旧谷中村遺跡」の保存を目的とした集落を設計する。
集落は、遺跡を守る会と遺跡跡に設計予定。
体験活動遺跡を設計
→展望台の設計と集落、舟屋
水塚=展望台、CLTの構造美 建築物、防災拠点になる。3間×2間
主屋=保全運動や施設管理者が利用する。
納屋=葦舟やレジャーの船を置いておく納屋へ。
水防小屋のような平屋がたつ。
平屋ver
規模は3間×2間がもっとも多く、附属屋として味噌部屋がつくられ下屋庇を持つ。
水塚上に余裕がある場合には、畑のスペースを取ることがある。
配置はほとんどが主屋の側面か裏側に隣り合うように位置する理由としては、土盛があるため主屋前方に置くと日常生活に支障をきたすこと、この地域特有の冬の季節風をよける暴風壁の役割をしていること、水害時に家財道具や穀物などを素早く水塚に移すためと考えられる。
堤防を利用し、続けて土盛を施した上に建つ水塚には、標準の規模のものが多いが、堤防の大きさに合わせた水塚では今回の調査からのみ判断すると、水防小屋のような(平屋建ての)小規模な水塚が目立つ。
参考文献:
https://www.water.go.jp.kanto/omoigawa/jigyou/ kouzui.htm
集住の知恵-美しく住むかたち/日本建築学会/2005
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