見出し画像

修学旅行でヤンキーと一緒に正拳突きをした話

20年前、中学の修学旅行で沖縄に行った。最終日、班に分かれてアクティビティをすることになった。

班はあらかじめ授業で希望を募った上で決められていた。シュノーケリングにバナナボート、カヤックにパラセーリング。バスの車内は楽しみで仕方ないといった空気で満ちていた。班決めに参加していなかった、僕を除いては。

僕は学校が苦手だったため、普段から授業へ行ったり行かなかったりで、班決めの日は運悪く家でファイナルファンタジーXをしていた。その報いが訪れたのだ。あとから希望を訊かれることもなく、当日になって人数の足りない班に、自動的に振り分けられる羽目になった。

人気のない班は、どれだろうか。バナナボートみたいな陽気な遊びは、一部のヤンキーたちが群がりそうだがら、みんな避けるかもしれない。まずい。ヤンキーとボートにしがみつくことになる。嫌だ。それだけは嫌だ。バナナボートは嫌だ、バナナボートは嫌だ….

組み分け帽子のハリーポッターみたいになりながら、バナナボートの回避を願っていたら、体育の先生が寄ってきて、僕に班を告げた。班の名前は、「琉球空手」。琉球?空手?

琉球空手の達人のもとで、空手の稽古をするというアクティビティらしい。沖縄まで来て、なぜ空手を。頭は「?????」でいっぱいになり、それが「カエリタイ」に切り替わった頃、バスは海辺の駐車場に到着した。クラスで琉球空手に参加するのは、僕だけのようだった。

潮の香りがする。同級生がはしゃぎながら、水着に着替える。僕は困惑しながら、胴着に着替える。同級生が一目散に、浜辺へ駆けていく。僕は体育の先生に腕を引かれ、道場に連れていかれる。
なぜ、修学旅行に来てしまったのか。なぜ家で、大人しくブリッツボールのレベル上げをしていなかったのか。押し寄せる後悔の波に攫われながら、気がつくと小さな木造の建物の前にいた。ここが道場らしい。

海の家にしか見えないが、中では床にちゃんと畳が敷かれていて、すでに他のクラスの生徒たちがいた。先に到着して、すでに稽古を始めてるようだった。僕はその様子に愕然とした。胴着姿の茶髪の彼らは、おしなべてヤンキーだったのだ。

なぜだ。ヤンキーは海で騒ぐのが道理じゃないのか。パニックになりながら、しかし、僕は自分の認識の甘さを悟った。思春期の田舎のヤンキーたちは、何事にも逆張りをしたがる。だからバナナボートなどに乗らず、むしろ「海なんてだるいっしょ」となっており、「やっぱ格闘技っしょ」となっていたのだ。僕は彼らの本質を見誤っていた。
「さあ…」と先生に促された僕は、肩パンをし合いながらおどける、茶髪ヤンキーの群れに放り込まれる。ただこの時間を耐え忍びるしかないのだと、全てを諦めることにした。

「舐めとんのかあ!」

突然、低い声が道場に響いた。声の主は、畳に胡座をかいていた、大柄の男性だった。黒く焼けた肌に、顔中が髭で覆われていて、薄黒い道着に、太い黒帯をしている。全身真っ黒のこの男が、空手の達人らしかった。

「お前ら一回、並べえ!」

達人は怒っていた。ヤンキーの肩パン遊びが気に入らなかったらしい。立ち上がった達人は空手の本質は礼儀にあり、的なことを説いたあと、すっと右足を下げ、身体を低くして、構えた。そして「俺を自由に攻撃してみろ。ただし顔以外な」と言った。

それは「お前らのパンチなど効かない」という挑発だった。案の定、直情型のヤンキーたちは、なんやてぇ、と憤慨し、列に並んで達人に正拳突きを喰らわせ始めた。肩に、腹に、胸に、怒りの拳をぶつけた。しかし達人はびくともしない。
達人は「思いきりやれ!」と檄を飛ばし続け、ヤンキーたちはまた、なんやてぇ、と奮い立つ。だが一向にダメージがない。ついに僕の番が回ってきて、達人は「こい!」と叫び、僕は「カエリタイ!」と心の中で叫びながら達人の肩を突いた。硬すぎる。まるで木を殴っているみたいだ。頑丈な肉体である。それともこれも達人の成せる「受け」の技なのか。
結局、列が何周しても、ついぞ誰も達人を、一歩も動かすことすらできなかった。達人の凄まじさに、いつしかヤンキーたちからは、尊敬の眼差しが注がれていた。「顔はダメ」というルールのリアルさも、むしろ達人の強さを際立たせているように思えた。

そうして道場が熱気に包まれたころ、突然道場の扉が開いた。「遅なったわあ」と笑う男の姿に、ヤンキーたちの表情が固まった。男の名はYくん。母校のヤンキーの頂点に君臨した、ヤンキーオブヤンキーだった。

Yくんは、身長190cmに迫る巨体。幼い頃から極真空手をやっているがいつも相手を怪我させてしまうため万年白帯、という漫画みたいなキャラクターで、むしゃくしゃすると校舎の壁をよく殴るため、常に拳から血が流れているという、とにかくとんでもない男だった。サンダルを脱ぎ捨てたYくんはのしのしと道場に入ってくると、稽古の様子を一瞥し、「俺にもやらせえや」と言った。その迫力に、達人も「ちょっと話が違うんですけど」みたいな顔をしている。

ひょっとしてYくんならば、達人に通用するのではないか。好奇の視線が、二人に集中した。最初こそ唖然としていた達人だったが、気を取り直したのか、肩をブンブンと回し、さらに低い重心で構えた。

「来い」と達人は言った。
「顔以外は、ええんやな」とYくんが確認した。
「金的もダメだ」と達人が付け足した。

一瞬静まったのち、

「シャアアア!」

という雄叫びと共に、Yくんが強烈な回し蹴りを、達人の腹に食らわした。ドスンと鈍い音が鳴って、みんなが度肝を抜かれた。
蹴りって。無抵抗の人に、蹴りって。達人は何も言わず、すっと崩れ落ちた。

傷害事件だ!と僕らが慌てたのも束の間、倒れ込んだ達人はしかし、またすぐに立ち上がった。そして額に汗を滲ませながら、「ええ蹴り、持っとるの」と言った。

うおおお!道場が沸き立った。俺たちの達人は、やっぱり達人だった。Yくんも感心した様子で、「おっさん、すごいなあ」と言った。二人の巨漢ががっちりと握手を交わした。互いが互いを認め合った瞬間だった。
まるで青春ドラマのワンシーンのような美しい光景に、みな胸を打たれていた。達人もYくんも、場の空気に酔いしれているようだった。感情が高まったのか、「いくぞ!」と達人が叫び、走り出した。同じく高まった漢たちは道場を飛び出し、達人の背中を追いかけて、砂浜へ駆け出した。

「セイッ!」「セイッ!」

達人の掛け声に合わせて、Yくんとヤンキー、そして僕。全員が横並びになって砂浜に立ち、海に向かって正拳突きをする。みんな真剣そのもの、力いっぱい拳を突く。海では同級生たちが、バナナボートに乗っているのが見える。ボートの黄色い歓声をかき消すように、僕らは腹の底から声を出す。セイッ、セイッ。
こんなに汗をかくのは久しぶりだ。思いきり叫んで、思いきり正拳突きをしてみて、僕は心から思った。これならバナナボートがよかった。
あのとき見えた海の青さを、忘れることはないだろう。


Podcast「旅のラジオ」でもその話をしています。よければ聞いてみてください。

この記事が参加している募集

夏の思い出

スキを押すと、南極で撮ったペンギンたちの写真がランダムで表示されます。