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ザボンの実 ぼくのベトナムドラッグ珍道中⑩

目を閉じておいでよ


ぼくは犬から始まったバッドの中、青白い顔で深呼吸をしながら、ふらふらと自分の席に戻った。こういう時こそ、自分をメタ認知し、脳にしっかり酸素を送ることが大切である。とは言うものの・・・

『う〜ん、う〜ん・・・ はぁ』

今まで考えないようにしていた不安なことなどが連鎖して一気に押し寄せてくる。それどころか自分がこの異国の僻地にひとりで居る事への何か根源的な怖さを感じていた。

座席で鬼バッドのぼく


イヤホンなども持っていなかったため、ぼくは席でひたすら目を閉じ、自分の世界に深くのめり込んでいった。

そしてしばらく時間が経ち、少しだけ周りを見渡すとある事に気づいた。
みんな予約した自分の席に座り続けるのではなく、どんどんと席を替え、知らない人同士でお正月の話や、これから帰る故郷の話で盛り上がっている。

その自由な雰囲気を感じていると、なんとなく気持ちがゆるくなり、だんだんと落ち着きを取り戻してきた。

それでも僕は目をつむったままで居たのだが、両耳からたくさんの大声のベトナム語が入ってくる。

それまでは、歯が痛い時に大きい音が虫歯に響くように、まぶたを閉じた黒い空間に、ベトナム語たちがピシッピシッと突き刺さるような感覚を覚えていた。(というか視覚的にそう見えていた)

しかし、目をつむったまま下を向いていた次の瞬間、何かがぼくの中でハジけた。

『ねぇねぇ、ダナンまであとどのくらいなの?私もう疲れたんだけど』

『オマエはアホだな、まだ何時間もかかるよ』

急に周りのベトナム語が、すべてカンペキな日本語に聞こえるのである。
そして全ての言葉の意味も分かる。おそらく2本目のジョイントの時限爆弾がここで爆発したのだろう。
ぼくの考えだが、声のトーンや仕草、雰囲気などを脳が知らぬ間にスキャンし、言語中枢で大体の意味を一瞬で日本語に翻訳していたのではと今は思う。第6感ブーストだ。

まぶたを閉じた暗闇で聞こえていたベトナム語が、全て日本語になり、ぼくは実家のコタツのような安心感の中、目を開けた。
完全にバッドを抜けたのだ。

すぐ好きになっちゃう

ぼくは隣の女の子に早速話しかけた。

『ねぇねぇ、あのさぁ、なんか車内販売みたいなのってないの?のど乾いてて』

『えっあるよ。多分もうちょっとでコッチにも来ると思うよ。ていうかアンタ韓国人?』

『いや、日本人だよ。』

『なんだ、日本人かぁ、韓国人かと思ってた、うちには韓国車があるよ』

ぼくは日本語で話し、彼女はベトナム語で話しているのだが、なぜかなんとなく会話が成立している。

しかもその後、ちゃんと車内販売の人が来て、ぼくは飲み物も買えた。「ほら来たよー」とか普通に彼女もぼくに言っている。

さらにその子と話すと、反対側のイスに座っているのが両親で、ニンビンのお寺に行くこと、お父さんはカンボジア戦争に行っていたことなど教えてくれた。
その後も2人でYouTubeを観たり、結構色んなことを話したのだが、なぜ彼女が日本語を理解してるのかとかはわからない。

すぐ好きになっちゃう

あとから考えれば、若干、統合失調症の人の世界を味わったのでは?とも思ったけど、彼女が日本語で話すぼくの言葉を理解し、事実会話できてたのは謎だ。

まぁ、この能力でこの旅は助かったわけだし、何かガンジャの神様のプレゼントだったのかもしれない。人間にはまだわからない事がいっぱいあると思う。

そしてぼくはしみじみと思った。

『う〜ん・・・なんかこの子一緒にいて楽しいし、優しいし、好きやな、恋しちゃってるかも』

Turn your lights down low

小さな駅に着く度、降りた乗客とホームで待っていた人たちが抱き合って喜んでいる。とても微笑ましい光景だったが、鉄道が北に向かうにつれ、もっと速く走らないかな・・・とも考えてしまっていた。
なにせ鉄道は各駅停車、約50キロでゆっくり走るため、ハノイまで30時間かかるのだ。

『そういえば上田現のコリアンドルって曲でも、列車はゆっくり走るって言ってたなぁ。そんなせかせかしても意味ないか・・・』

ぼくは隣の女の子(ゴックちゃん)と海外memeのまとめを見ながらそう思った。

そしてぼくはすでにゴックちゃんが好きになっていた。というか両想いなのでは?と感じるほど、ゴックちゃんもリラックスし盛り上がっていた。
深夜バスの隣の女の子をすぐに好きになるのと同じ気持ちだ。隣の両親もにこやかに見守ってくれている。

そして色んなことを話し、日も傾き始めた頃、それまでおしゃべりだったゴックちゃんが急にうんともすんとも話さなくなった。

ぼくは度々ジョイントをリーガライズしに行っていたのが悪かったかな?とか、変なこと言ったかな?ていうか口臭かった?とか勘ぐっていたのだが、彼女は寂しそうな顔をしている。
ホーチミンでも思ったが、こっちの人はホントに心情が顔にすぐ出て、僕は彼らのそのストレートな爽やかさが好きだった。

『ごめんね、次の駅で降りるんだ。友だちと会えるといいね』

なんとなく分かっていたが、ゴックちゃんがぼくに言った。
ぼくはいつもそうなのだが、別れの時にはうまく思っている事を言えない。
それで、ぼくは全然気にしてないよ、みたいなそぶりで普通に答えた。

『あっうん、そうなんや。色々ありがとう、またどこかで会えるんじゃね・・・』

次の駅で彼女と両親はぼくに手を振りながら鉄道を降りていった。ぼくは空席になった隣の席を見てため息をついた。
そして連結部に行き、耳かきジョイントに火をつけた。
ぼくは小窓から日が傾き始めた田園風景を見ながら、焚き火の前で若手芸人にギターを弾かせ、それを見て泣く紳助のようにしっとりと涙ぐんだ。

『もう、告白しちゃえばよかったんかなぁ・・・いや、親おるか・・・』

昔はそうだったんかねぇ

それからぼくは寝て、起きて、寝て、起きて・・・気づけばあんなに賑わっていた車内もガラガラだ。ふと窓を見ると、景色もなんとなく変わり、北ベトナムに入っているようだ。少し寒い。
よく見ると、この頃上映された映画、XXXの看板ばかりが色んなところに掛けられている。

ワイルドスピードではない

ぼくにはこの赤いXXXが、遠くから見ると、かに道楽のマークに見え、

『あっカニ・・・て言うかハノイではいい加減カニ食べたいなぁ・・・』

と考えていた。
そしてとうとうハノイに着くと、ぼくの体はものすごく疲弊していた。
木のしっかりと硬いイスのおかげで、ア○ルもめちゃくちゃなダメージを受けていた。
しかしざっと1600キロ旅をしてきた事になる。恐らく街が変われば人も全然違うだろう。
ホーチミンが沖縄風だとすると、ハノイは京都風みたいな感じかもしれない。ちょっとは振る舞いに気をつけようと思った。
やっとの思いで駅から出ると、お尻が擦れるだけで痛い。しかも寒い。

『完全にケツが壊れてしまった・・・。いやぁ、ホテルを探すなんて、今のぼくにできるんだろうか。・・・はっ!?!?

駅の入り口の端っこに、ホーチミンでよく見たタバコ売りがいた。たこ谷達と一緒にゲッツした時と同じようなおばあさんだ。

例のこの感じだ。そして、あたりは暗くなり始めている。と言うことは・・・

ぼくは尻を押さえながら近づき、おばあさんにシンプルに聞いた。

『あのぉ・・・えっとぉ・・・んカンサァくださいな!!』

すると少し険しい顔でおばあさんが言った。

『は?あんなのが好きなの??・・・う〜ん、ちょっと待ってな』

ちょっと待ってると、違うババアが現れ、3gくらいのパケを4000円くらいで売ってくれた。なんかもう農家の取引というか、トマトあげるからナスちょうだいみたいなのんびりした雰囲気だ。まぁ元々はそんなもんなんだろう。

ぼくはお礼を言って離れると、ホテル探しの前にもうテイスティングしてみたい!の世界になっていた。

『もう別に格安ホテルじゃなくていいや・・・。ホームアローン2みたいな良いホテルでもいいかな、多分1日だけだし・・・ん???

目の前に輝く綺麗なホテルがあった。MANGO HOTELと書いてある。
そして、少ないがマニーもある!
ぼくはポケットのガンジャと、壊れたア○ルをさすりながら、マンゴーホテルのでかいドアを開けた。

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