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2023年上半期に読んでおもしろかった本の感想(読んだ順)

『銭湯』福田節郎

第4回ことばと文学賞受賞作。待ち合わせ場所に待ち合わせた人が来なくて、代わりに来た知らない人と酒を飲み始め、次々と集まって来る知らない人たちと酒を飲み続ける二日間の話。事件らしい事件は特に起こらず、ずっとだらだらと酒を飲んでいる。特にメッセージ性があるわけでもないけれど、本文から引用すれば「そうやっていつまでもいつまでもいつまでもいつまでも、大事なことと、大事な人と面と向かわないで、逃げて逃げて逃げて、いい加減なことを言い続けて、へらへらわらってごまかして」いる私のような人間には少しは刺さるかもしれない。単行本は文芸誌版からかなりの改稿が加えられているらしい他、もう一作(著者曰くエモい)書き下ろし小説が併録されている。おもろい小説です。

『逃げ水は街の血潮』奥野紗世子

地下アイドルの主人公が、マネージャーとメンバーを焼き払う(比喩ではなく本当に放火する)話。第124回文學界新人賞受賞作。主人公が最初からずっと行き場なくイライラしていて、それがランボルギーニくらい勢いのある文体に現れていて、なんだか笑ってしまうのだった。放火して逃げてこれからどうすんねんとかツッコミどころはあると思うけど、読んでいる間はずっとおもしろかった。

『死にたくなったら電話して』李龍徳

浪人生の徳山が聡明なキャバクラ嬢の初美にのめり込んでいく話。とにかくとんでもないものを読まされた感がまずある。あらすじや推薦文を読んでもわかる通り、冒頭から真っ直ぐにバッドエンドに向かって驀進していく。あまりにも真っ直ぐにわかりやすく堕ちて行くので「おい、徳山!やめろ、その選択は明らかに間違ってるぞ、考え直せ!」とか頭の中で絶叫しながら読まざるを得なかった。最後に残るのは圧倒的な絶望と、輪郭のない希望。輪郭がないのでそれが希望かどうか誰にもわからない。

『遠い指先が触れて』島口大樹

記憶をなくした男女の物語。当たり前の話だが文章がうまく、読み始めてまずは、文章うま、と思った。人称が突然に変わったり混在したりする特殊な小説であるにもかかわらず、読むのに全くストレスがなかった。これを読んだ時は個人的にちょうどいろいろと考えていた時期で、その時期にこれを読めて少しは救われたように思った。島口大樹氏の小説は、おそらく何か難しい哲学の概念とかを表現しようとしているように個人的には思われるのだが、小説の中で哲学者の名前だの概念の名称だのが直接言及されることはなく、あくまで平易に、極端なことを言うと小学生でも読めるように書かれているように思う。難しいことを簡単に見えるようにやるのが難しい、という考え方があり、それがこれだと思う。

『HSPブームの功罪を問う』飯村周平

HSPとはHyper Sensitive Personの略で、「非常に感受性が強く敏感な気質もった人」(ネットから引用)の意である。HSPが「繊細さん」などと意訳されてブームとして消費されている現状、とりわけ、HSPというものが学術的な定義から乖離して独り歩きしてしまっていること、ビジネスの手段として利用されていることがかなり詳しくわかりやすく記述されていた。良書。あと、アドラー心理学が繰り返し「通俗心理学」として喝破されてとばっちりを受けていて笑ってしまった。

『歌舞伎町モラトリアム』佐々木チワワ

『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』でお馴染みの著者のエッセイ集。本書のターゲットはまさしくぴえん系女子と思われ、共感を呼ぶように作られたエモ読み物となっている。後半は客観的な視点か増え、ホストへのインタビューなどもありルポとして読めるように思った。

『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』クリステン・R・ゴドシー(高橋璃子 訳)

予め断っておくと、私には何の政治的主張もないとした上で、本書は大変に示唆に富む内容であった。上半期ナンバーワンを選ぶとすればこれ。例えば、これは解題の一つだが、「東ドイツの女性が経済的に自立し、男性に依存しなくなったおかげで、ベッドの中での男性のふるまいが優しくなった」という事例があるらしい。なぜそうなるかというと、「西ドイツの女性が男性のセックスに不満を持ったとしても、経済的に依存しているから怒らせたくない」し、「せいぜい遠回しに要求を伝えるくらいしかない」。「しかし東ドイツでは、そのようなお金のしがらみが」ないため、「男性が自分勝手なセックスをしていたら、女性に逃げられてしまう」からである。人は金に物を言わすと優しくなくなるらしい。悲しいことだ。タイトルの「あなた」というのは原題によれば「女性」だが、読者対象は男女とも、である。男女ともに気付きがたくさんあると思う、というか私にはたくさんあった。

『逃げてゆく水平線』ロベルト・ピウミーニ(長野徹 訳)

イタリアの作家の短編集。日本では童話で有名らしい。カルヴィーノの軽さとブッツァーティの皮肉っぽさの中間くらいの作風で、読み心地がよかった。例えば「二月の夜にロウバイの香りが酒に酔った厩番の鼻孔を満たすように」みたいなわかるようでわからん独特の比喩や、なんでそんなことなんねんという感じの設定や展開で、笑えるところが多いと思う。

『Just Because! Shallow focus+』鴨志田一

TVアニメ『Just Because!』Blu-rayボックスの特典小説。小宮恵那視点で物語を追体験するもので、300ページくらいある。昨年末に「年末だからぱーっといくかー」と思って買った。さすがに小説だけ目当てで買うには高いので多くは語らないが、少なくとも壁投げ本ではない満足のいくものであった。

『もぬけの考察』村雲菜月

第66回群像新人文学賞当選作(群像はなぜか「受賞」ではなく「当選」と言う)。ある部屋をめぐる第三者視点の考察が展開され、感情があまり介入しない硬質且つ読みやすい文体が好みで、読んでいる間はおもしろくて一気に読んだ(私は集中力があまりなくて、一気に読むことは少ない)。ただ、選評で町田康氏も言っていたように、読み終わった後に「なにも残らない」。もぬけに関する小説なのでそれが正しい読後感なのかもしれない。繰り返すけれど、読んでいる間は本当におもしろかった。

『ジューンドロップ』夢野寧子

同じく第66回群像新人文学賞当選作。女子高校生のシスターフッド&ファミリー小説。普段あまり読まないタイプの小説で慣れず、4頁読んで本を置き、続きが気になってまた読み、みたいな感じで読了した。最後には確かな感動があった。純文学というよりはエンタメ寄りの作風だと思う。この作者さんはやがてもっと広く読まれる小説を書いて人気作家になる予感が、私は勝手にしている。

特集=SNSのある時代(小説新潮2023年3月号)

浅倉秋成、石田夏穂、大前粟生、佐原ひかり、住野よる、新名智、柚木麻子と執筆陣が豪華な気がしたので購入して、どれもおもしろく全て読んでしまった。朝倉秋成「かわうそをかぶる」、大前粟生「まぶしさと善意」、佐原ひかり「あなたに見合う神さまを」が特によかった。

『恋愛学で読み解く文豪の恋』森川友義

「恋愛学」というのは、恋愛というふわっとしたものを、経済理論や金融理論、社会学、心理学などの知見からアプローチするものである(らしい)。文学というふわっとしたもの中で描かれた恋愛描写をそれら理論を用いて定義、分析、解説していく様はおもしろく読んだ。ただ肯定するだけではなく、三島由紀夫『潮騒』、村上春樹『ノルウェイの森』については「不自然」ときっぱり断罪している様も好感を持った。一つ思ったのは、森鴎外『舞姫』についての解説である。『舞姫』というのは、ドイツに留学したエリート官僚の豊太郎が、留学先のドイツでエリスという少女と出会い、同棲し、妊娠させ、曖昧な態度を取り続け、結局はエリスの母親にお金を渡して一人で日本に帰国する、という話である。一言で言うと「クズ男」。本書のアプローチとしては、「豊太郎は本当にクズ男?」を経済理論を用いながら解説していくもので、結論としては、豊太郎がエリスをドイツに残して日本に帰国することはきわめて合理的なことであり、クズではない、となっている。合理的ということは、もしあなたが豊太郎だったとしても熟考の末に同じ選択をしただろう、ということである。しかし、我々は時に、合理的な選択しかしない者のことをクズと呼ぶんじゃないかな、と私は思った。

『悪女入門 ファム・ファタル恋愛論』鹿島茂

逆にこちらは、恋愛の合理的ではない側面に焦点が当てられている。ファム・ファタル(femme fatale)は「悪女」とか「魔性の女」とか「運命の女」とか訳され、当該女性が天然でやってるにしろ意図を持ってやってるにしろ、男性にとってはその先に破滅が見えているにもかかわらず惹かれ続けてしまう存在である。上で紹介した『死にたくなったら電話して』のキャバ嬢初美もファム・ファタルと言える。本書の参考文献はフランス文学であり、各作品に登場するファム・ファタルの行動様式を分析して提示しながら、時に著者によるファム・ファタールになりたい女性、ファム・ファタルに引っかかりたくない男性への謎のアドバイスも差し挟まれ、なかなか笑えるところが多いように思った。

『##NAME##』児玉雨子

ジュニアアイドルのシスターフッド(?)小説。文章がきわめて巧みだと思われる。主人公が一歩踏み出すラスト。読み終わって何だか寂しさが残った。主人公はどこに向かって行くのだろう。人生のスタート地点では誰もが孤独ということだろうか。


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