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コモンシジミガムシとヒメシジミガムシ―最も身近な水生昆虫―

はじめに

コモンシジミガムシとヒメシジミガムシという流水性の水生甲虫がいる。いずれも、開けた河川の河原の水際の石を動かすと、ワラワラと泳ぎだす個体がたくさん出てくるほどで、見つけるのは容易である。個体数の多さとその見つけやすさから、最も身近な水生昆虫といえるが、体長が2.5 mm前後と小さいためか、水生昆虫をやっている人以外では認知度は今一つである。

両種とも外見はよく似ているが、ヒメシジミガムシの方が上翅の色が明るいため、見た目でおおよそ判別できる。より正確に同定するには、ルーペで上翅側縁基部の点刻を観察すればよい。基部まで黒い点刻が明瞭ならばコモン、不明瞭ならばヒメである(標本にして♂の交尾器の形状を見れば、完全に同定可能)。

図1. コモンシジミガムシ Laccobius oscillans.
上翅側縁基部まで点刻が明瞭。
図2. ヒメシジミガムシ Laccobius fragilis.
上翅側縁基部の点刻が不明瞭。
図3. ヒメシジミガムシ.
河原の水際の石を起こすと、このように複数個体がまとまって見つかる。

コモンとヒメが属するシジミガムシ属は、外見が似ていて種同定が困難な種が多いためか、過去の採集記録を眺めると、相当数誤同定が含まれているように見える。しかし、2020年に出版された一般向けの図鑑「ネイチャーガイド 日本の水生昆虫」で、本属の種同定が可能になったため、今後各地で正確な調査が進むと思われる。

コモンとヒメはいずれも河川の水際に生息し、2種が同所的に見られるが、生息環境の多様性はコモンの方が高い。2種とも山地の渓流のような環境では見られなくなるが、そのような場所でも、崖から染み出した水が道路の上を流れているようなところで、コモンが見つかることがある(図4)。神奈川県では、海岸沿いの水が流れ落ちる崖の壁面でもコモンが多数生息しているのを見つけたことがある。

図4. コモンシジミガムシの山地での生息地(神奈川県の丹沢).
道路上を流れる湧水中にが多数の個体が見られた。すぐ横を流れる渓流には生息せず。

相模川における流程分布調査

では、身近にある開けた環境の河川において、コモンとヒメで生息環境に違いはあるだろうか?上記の図鑑では、ヒメの方が下流寄りに生息する旨の記述があるが、実際はどうだろうか?このような疑問を持ち、2021年の初めに身近な相模川で調査を行った。平塚市の河口から、約30 km遡った相模原市まで、計17地点でコモンとヒメを区別なく採集し、コモンとヒメの個体数をそれぞれNoとNfとして、ヒメの個体数の割合 Nf/(No+Nf) を算出した。ヒメの割合を河口からの距離に対してプロットしたのが図5である。微環境の違いによる影響はあるが、大局的にはヒメはコモンと比べて確かに下流寄りの分布を示しており、河口からおおよそ25 kmくらいが分布の上限になっているのが確認できた。

図5. ヒメシジミガムシの個体数比と河口からの距離の関係.

相模川は、河口から5 kmくらいまで海水が混じる汽水域であることが知られているが、汽水域では2種の生息は全く確認できなかった。また、コモンは微環境によらず川沿いの浅い水際ならば普遍的に見られたが、ヒメは、褐色の藻類が付着しているような有機的かつ流速が遅い安定した環境に選好性があることが分かった(図6, 7)。

図6. ヒメシジミガムシが多い環境の例.
河川敷で伏流水が湧いているところ。褐色の藻類が発達しているが、水は清冽。
図7. ヒメシジミガムシが多い環境の例.
このような河川敷に形成された止水域も狙い目で、他の止水性甲虫(チビゲンゴロウ、クビボソコガシラミズムシ等)も見られることがある。

今回の成虫の分布と生息環境に着目した調査からは、正直なところあまり意外性のある結果は得られなかったが、幼虫期も含めた生活史も調べると、ヒメとコモンの生態に関して何かおもしろい違いがわかるかもしれない。また,上記図鑑「日本の水生昆虫」によると、ヒメは冬季には水際で見られない旨の記述があるが、冬季を中心に行った今回の調査では、水際から極めて普通にヒメとコモンの両方が得られている。ヒメの越冬環境に地域差があるのだろうか。今後、各地からの調査報告を待ちたい。

※上記調査の詳細については、以下を参照されたい:
齋藤孝明, 2022. 相模川におけるヒメシジミガムシの流程分布と生息環境. 神奈川虫報, (206): 6-11.


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