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コマルガムシ―神出鬼没すぎるその生態―

2022年5月中旬のこと、近所の行きつけの相模川で水際の微小ゴミムシ類でも調べようと石を起こしたところ、微小で細長い水生甲虫がゴマ粒のように大量に浮き上がってきて驚いた。

コマルガムシ属の一種
水面に浮いてきた個体

何だこれは?一見してガムシ科だが、見たことがない。ツヤヒラタガムシに形態が似ているが、ツヤヒラタは翅の端部が明るい色に見えるはずだし、これより一回り大きいはず。本種は真っ黒で、体長2 mm弱しかない。調べると、本種はどうやらコマルガムシ属の一種Crenitis sp.であることが判明。

腹側に空気を溜めている

私が驚いたのは、相模川の水際はこれまでに頻繁に訪れて調べていたが、本種に遭遇したことは一度もなく、しかも、異様なほど多くの個体数で突然出現したからである。とにかく個体数が尋常でない。コモンシジミガムシがいるような水際の石を起こすと、どこでもコレが大量に浮き上がってきたのである。採集地は下写真のような感じで、何の変哲もない開けた環境の河川である。

相模川のコマルガムシ発生地

他の川でも同様に大発生しているのか気になって、支流の小鮎川(下写真)の水際も調べたところ、全く同様に水際から本種が大量に出てきた。小鮎川は、2019 年10 月の台風19 号襲来後、護岸の修復や河川内に堆積した土砂の除去の工事が行われていた。コマルガムシが見つかった地点の河原は、工事で一度完全に除去された後、その後半年ほど経て自然に再生した場所である。河原が現在レベルまでできあがったのが2021年の秋頃である。コマルガムシは、その後どこかから飛んで来たのだろうか。

小鮎川のコマルガムシ発生地

また、相模川の15 kmほど上流の地点を調べると、やはり同様に水際から大量に本種が出てきた。

しかし不思議なことに、相模川と小鮎川に挟まれた中津川では、本種は全く確認できなかった。中津川は宮ケ瀬ダムの下流の川だが、この川は水が相模川と比べても非常に清冽で、水際に生息するトビケラ等の水生昆虫類が元々少なく、相模川とは環境的に全く別の川である。水がきれい過ぎるとダメなのだろうか。

上記のように突然大発生したコマルガムシだが、6月下旬になると、何と同時多発的にパッタリと消えてしまった。Twitterでも、同時期に大発生して突然消えた旨の投稿がある。本種の成虫は、このように初夏の1ヶ月ほどの短期間に集中的に出現するようである。また、少なくとも自分が見つけた種は、河川の上流よりも中流域の開けた環境を好むように見える。コマルガムシ属は全国的に記録が少ないが、このような神出鬼没な生態が、これまで見過ごされてきた原因かもしれない。

さて、上記からコマルガムシ属と呼んでいるが、見つけた個体の種は何であろうか?形態はトップ画像参照(雄)。体長1.7 mmほどで、縦長の形態から、Acrenitis亜属である。「ネイチャーガイド 日本の水生昆虫」を参照すると、形態はチビコマルガムシCrenitis satoiにそっくりだが、自分が見つけた種は前胸背板側縁が黄色にならず、どの個体もほぼ真っ黒である(下写真)。

相模川で採集した個体
体色はほぼ真っ黒。雌はやや大型。

雄の交尾器は下写真の通り。チビコマルガムシC. satoiの原記載によると、側片先端は尖るようだが、本種は丸い。ところが、その後に出た中国産コマルガムシ属のレビュー論文を見ると、C. satoiの交尾器の形態が原記載と全く違ってたりして、それについて何の説明もなかったりで、混乱を極めている。種同定については、邦産種も含めて分類が整理されるまで待つべきであろう。

相模川産コマルガムシ属の一種の雄交尾器

いずれにしても、身近な河川のコマルガムシの生態の解明はこれからである。全国の水昆戦士の方、毎年5月から6月にかけて、身近な河川の水際でコマルガムシを探しましょう!

※上記の詳細については、以下を参照されたい:
齋藤孝明, 2022. 相模川で大発生したコマルガムシ属の一種.神奈川虫報 (208): 85-87.

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