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警備の付き添いアルバイト

大学生のときの話だ。
お堀の向こうにある大学の映研の先輩筋に当たるヒトからこんなことを頼まれた。
「金曜日の夜、朝までなんだけど、空いてる? 7000円でバイトしない?」
聞けば、ビルの深夜「警備員」のアルバイトだそうだ。もっと詳しく聞いたら、先輩が受けた警備のアルバイトなんだけど、とある事情があって、一人ではやりたくない、バイト代15000円の約半分を渡すから一緒にその現場にいてほしい、との頼みだった。

実は先輩も、他の大学の知り合いから、その仕事を日当15000円という当時でもいい値段で依頼されたのだ、という。
その知り合い氏は、そのビルの警備のバイトを数か月前から始めた。
だけど、金曜日の夜だけ、なにか変なことが起きる気がする、いや、起きるのだと・・。
そのヒトも、始めは気にしてなかったけど、あれ、変なこと起きたな、そういえば金曜日だ・・あ、また金曜日だ、あ、明日は金曜日だ、やっぱりまただ!ということが続いて、金曜日の夜が怖くなってしまったのだ、という。
そして、先輩に「金曜日だけ代わりにバイトしてくれないか?」という話を持ち掛けた、という流れだったように思う。
先輩も「15000円はいいな」と思ったので、ああやってもいいよ!と即決したんだけど、よく考えると段々と怖くなってきた。
で、誰かに一緒に来てもらおう、お金も誠実に折半して、事情を正直に話して大丈夫そうなヤツを誘おう、で、お前です、お願いします、ということだった。
自分も7000円は魅力的だったし、付き添うだけならまあ時給的にも悪くない、と思って引き受けた。

当日、待ち合わせて代々木駅辺りで夜ごはんを食べて、その足で新宿方面へ坂を上っていった途中に、そのビルはあった。
当時としても古いビルで、道に面した窓側に廊下があって、その廊下から各部屋が横並びになっている、学校の教室のような、各部屋の前と後ろのドアから廊下に出られる間取りだった。
警備のバイトと言っても「綜合警備会社」というモノではなく、ビル付きの「用務員さん」とでもいうような、夜の見回り係、という言葉の方が当時の実態を表してる気がする。

警備員室はロビーから続く廊下の突き当り、吹き抜けの階段ホールの手前の部屋の一部を仕切って作られていて、その階段ホールの向こうには非常扉となっている裏口があったような気がする。その警備員室には、一旦普通の部屋に入り、警備員専用のガラス窓付きドアを開けて入る。入ると手前に給湯場の流し台があり、その奥の床が高くなって畳が2畳ほど敷いてある寝泊まりできる山小屋のような設えで、結構いい感じだと思った。多分、本当に給湯室だったんだと思う。そこの奥にあった物置か何かのスペースを壊して、畳をセットした感じだ。
警備員室の窓は畳の部分の手前までガラス窓がついていて、外からも中からも様子を見ることができた。ビルの外側に向けての窓はなく、壁だった。
夜10時過ぎから、朝の7時くらいまで、その部屋にいてくれればいいから、ということだったので、まあ気楽だった、その時は・・。

「なにが起きるか」、は大体聞いていた。
夜の2時過ぎに、「足音」が廊下から部屋に入ってきて、ぐるぐると室内を回って出ていく、ということだった。これが金曜日だけに起きるという。

先輩は3時間おきに各部屋を回ってカギを差し込んで記録をつけなくてはいけない。作業的には各回30分もかからない仕事だった。
着いて早々に巡回一回目を済ませて、警備員室に帰ってきて、確かラジオか何かを聞いていた。
先輩が2時に備えて「なぁ・・電気付けておこうか?」と言って、廊下の電気を付けに行った。普通なら仮眠をしたりするので、廊下も部屋の明かりも付けないと思う。

そろそろ2時だな・・と2人ともかなり緊張していた。
たしか2時ピッタリには何も起きなかった。
しばらくしてだと思う、不意に電気が消えたのだ。
「!?(え・・?)」
同時に「コッ」とリノリウムの床を靴で踏む音が、3部屋くらい向こうの廊下で響いた。
「!」(怖!!!!)
「コッ・・コッ・・」その靴音は遠くの廊下からそこの部屋に入ったようだった。
どう考えてもあれは、革靴を履いた「ヒトの歩く足音」だった。

ちょっとパニックのまま、暗闇で聞き耳を立てていると、足音は遠くの部屋から廊下に出てきて、次に自分たちのいる隣の部屋に入ったように思えた。
警備員なら何事かを確かめに見に行くべきだけど、隣にいた先輩は畳の隅でひざを抱えて動かない様子。
「コッ、コッ・・」足音が隣の部屋を出て、この部屋の前の廊下で聞こえた。
次はこの部屋に入ってくる? 
この警備員室は部屋の奥を仕切って作られている、そしてガラス窓がはめられているので、暗がりでも目を開ければガラス窓から部屋に入ってきた足音の主が分かるかもしれない、と思ったけど・・思っただけです。

そして、足音は部屋に入ってきた。
足音は部屋の机の間を歩いて回り、この警備員室のドアの前まで来た。
僕らはガラス窓から中をのぞかれても見えない壁際にぴったりと張り付いて固まっていた。そのドアを開けてこられたらどうしよう!と思っていたけど、そのまま足音はガラス窓の前を通って、部屋の後ろのドアから廊下に出て、奥の階段の方へ行った・・

足音が消えたのか・・しばらくしたら電気が付いていたように思う。
先輩の顔、カッと見開いてるけど、何も見ていない目を覚えているから。
声も出せずにいたけど、小声で「(・・今のですかね、足音って・・)」
「・・ヒト(の足音)だったよな?・・ほかの階に行ったのかな?」と余計なことを言いだした。
もうしばらくしたら、次の巡回に行かなくてはいけないのだ、先輩は。
「ついて行かないです」と言えばよかったんだけど、ここに一人でいたくない気持ちもあったのだろう、自分は先輩について行ったのだ。

とりあえず、どの階も真っ暗だったので、懐中電灯を持ちながらも、まず各階すべての電気を付けて歩いた。
なぜか自分は廊下で見張っていて、その隙に先輩が部屋にサッと入りカギを機械に差し込んで記録をすばやく付ける、という警備員らしからぬ姿で巡回をして、終わったらまた電気を消して次の階へ向かった。

エレベータを使った記憶がないので、すべて階段で移動したと思う。
すべての部屋の巡回を終えて、もう警備員室に戻るだけだ、と吹き抜けの階段まで行き、はやる気持ちで階段をぐるぐると下り始めた。
・・数階分おりてきた時だったと思う・・
いま通り過ぎた階段の「踊り場」の辺り、自分たちのすぐ後ろで、
「コッ、・・」っと足音がしたのだ。
「!」(愕)
ダッ、とそのまま、振り返りもせず、2人で猛然と階段を本気で駆け下りた!
か・・階段にいたんだー!という思わぬ展開にパニックになった。

急いで、警備員室のある部屋に戻ると、なぜか警備員室の電気が消えて真っ暗だった・・。
「・・お前、(警備員室の)電気消して出た?」と先輩がいうので
「・・消してません(消すわけないじゃないですか)」と答えて、2人で固まった・・すぐ後ろでまた足音がしそうで、どうしようもなかった。

「・・もう朝までロビーに避難しよう・・」
そうしましょう、ということで、次の巡回の時間まで、ロビーの受付に2人で潜んでた。

朝五時を過ぎると、明るくなってくるし、徹夜明けのハイな気分もあって、もう最後の巡回のことは怖くなかったのか、あまり覚えてない。

そのビルの警備の仕事はもちろん先輩も2度とやらなくて、こちらにも話はそれ以降は来なかった。
その後、あのビルの辺りを歩いたことが何度かあるけど、大きなビルができて風景が変わったせいか、どこにあったのかが今はもう思い出せない。


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