『学園祭』4
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「宇野君」
先行している夕夏が口を開いたのは、ちょうど階段を上っている時だった。
赤崎達と別れてから、二人の間には会話が無かった。
耕輔は喋らないまま進む夕夏の後を付いていくのが精一杯であった。
しかし、なんとなく夕夏のその歩みに迷いが無いような気はしていた。
「さっき、赤崎が言っていた言葉を覚えているかしら」
「……『FPの流れがおかしい』、でしたっけ?」
足を止めることも、振り向くこともなく会話が続く。
赤崎はFPの違和感に気付いていた。
夕夏は其処に何かを掴んだらしい。
「そう。赤崎は『流れがおかしい』と言ったのよ」
「……赤崎先輩は事情を知らなかったから会長よりも精度高く反応出来たってことですか?」
夕夏は敵がいることを知っていたから警戒してFPを最小限にしか使えなかった。
一方で赤崎はその事情を知っているわけではない。だからこそ赤崎は違和感に気付いたのだろう。
「そうね。それもあるけれど、私にとって重要だったのは、赤崎が表現として『流れ』という言葉を使った事よ」
「『流れ』……ですか?」
FPは通常でも大気中に流れている。
赤崎はつまり、その大気中のFPの流れに異常を感じたという事だ。
しかし、敵がFPを使えば当然に周囲のFPの流れは変わる。
敵がいる、または敵がFP能力を発動させている、という事以上に情報があるのだろうか。
「私はずっと敵が校内に魔法を発動するための魔法陣を形成していると考えていたわ」
魔法系のFP能力者が大規模な魔法を発動させる際、先に魔法陣を展開させておくことが多い。
先に展開させておけば、あとはトリガーとなる呪文と共にFPを込めれば発動させることが出来るからだ。
敵が魔法系能力者、大規模な爆発を起こす可能性があるとなれば、当然魔法陣を展開させているだろうと考えるのが自然だろう
「でも、校内の至る所を探しても魔法陣の痕跡が見当たらなかった。魔法陣は線を引く都合上濃度の高いFPによって形成されているわ。いくら隠ぺいをしていようと、いくら私が最小限のFPでしか探索が出来ないからと言って見つからないハズが無かった。だから正直焦っていたわ」
夕夏の口数が減っていった理由はそういう事なのだろう。
赤崎と口論になりかけていたのも、焦りが原因なのかもしれない。
一刻を争う状況の中で、自分の予想が裏切られ続ければしょうがない事なのだろう。
その上、何百人という規模の命を預かっているような状況なら尚更だ。
「でも、さっきの赤崎の言葉のおかげで気づいたわ」
「それが『流れ』ですか」
夕夏は歩きながら耕輔の方を振り返り、首を縦に振った。
「認めたくはないけれど、私よりも赤崎の方がFPの探知や探索は向いているわ」
戦闘を主に置いている夕夏と研究を主に置いている赤崎の違いだろう。
「その赤崎が『FPの流れがおかしい』と言った。もし、敵の魔法陣が張られているならアイツならきっとそんなまどろっこしい言い方せずに『FP能力が発動されてる』とか『魔法陣が張られてる』とか、そういう直接的な言い方をするはず」
もし仮に赤崎が耕輔や夕夏を裏切って敵側についているとすれば、ありえないとは言い切れない可能性も出てくるが、そうなればわざわざ違和感を伝える理由もなくなる。
そもそも『協会』と和解し、耕輔や夕夏を含む耕輔の仲間たちと共に行動している現在の赤崎には裏切る理由もメリットもないだろう。
つまり赤崎の感じた違和感は真実であり、その上で状況考えれば――
「――魔法陣を展開中、ってことですか?」
魔法陣を描くためにはFPを練る必要がある。
それも校舎を丸ごと破壊できるような大規模な魔法陣となれば使用されるFPも多くなる。
多くのFPが使われれば、きっと違和感もあるだろう。
耕輔にしては自信のある推理であったが、夕夏は首を横に振った。
「その可能性も確実に否定できるわけではないけれど、私の推測は違うわ」
階段を登り切った。
屋上へ続く扉の手前だった。
夕夏が扉の前で立ち止まり、耕輔も続いた。
夕夏が振り向く。
耕輔と向かい合う。
「魔法陣は、ソレを描く瞬間が一番FPを消費するわ。今回のように魔法陣を先んじて描いておいて、待機させておく分にはそれほど重いFP消費にはならない。魔法陣を描いている最中であれば、赤崎なら特定できるはず。でも、それも無かった」
校舎内を歩き回った夕夏が魔法陣らしきものが発見できなかった、本来FP消費が少量であるはずの魔法陣の待機状態であることが予想されているのに赤崎がFPの流れに違和感を感じている。
魔法陣が描かれているはずなのに、発見できない。
「例外はあるけれど、多くの魔法陣は五芒星ないし、六芒星が象徴的なシンボルとして描かれることが多いわ」
耕輔は義妹の聖花の使う魔法陣を思い浮かべた。
円の中央に描かれた星型。
それが想像できた。
「私が間違っていたのはきっと魔法陣のサイズ。校舎を納めるサイズ、じゃない。校舎が魔法陣の中央、星形の真ん中のどの線とも交わらない場所に置かれるほど巨大なモノだとしたら――」
ゾワリ、と耕輔の背中に冷や汗が浮かび上がる。
想像してしまったからだ。
とにかく巨大な魔法陣を。
「――私が魔法陣に気付かなかったことにも、赤崎の違和感にも説明がつくわ」
語る夕夏の手も微かに震えていた。
その震えが恐れからなのか、怒りからなのかは耕輔には察することは出来ない。
それでも、夕夏は言葉を続ける。
「それだけ巨大な魔法陣を維持するなら単独犯にしろ、複数犯にしろ、中央で魔法陣全体の均整を取る必要がある」
どんなに練度の高くとも、目視せずに巨大な魔法陣を正確に描くことは困難だ。
それが巨大になればなるほど難易度はつり上がっていく。
予想したようなバカでかい巨大さの魔法陣となれば尚更だろう。
つまり、魔法陣を描いている中心人物は魔法陣の中心にあるこの校舎の見晴らしのいい場所にいるのだろう。
夕夏は無言のまま目の前にある扉のドアノブを指さした。
耕輔が視線を動かす。
明らかに破壊された形跡が見て取れた。
校舎で見晴らしのいい場所とは、つまり、屋上。
いるのだろう、この扉の先に。
夕夏が拳を握りしめた。
耕輔と目を合わせた。
「……覚悟はいい?」
Noと答えることは可能だろう。
夕夏は傍若無人なきらいはあるが、嫌がる人間を無理やり連れまわすようなタイプではない。
FP能力を使えない宇野耕輔は足手まといにならないだろうか。
きっとできることがあるはずだ。
それに、夕夏一人に背負わせるよりも、ずっといい。
耕輔はわずかに目を閉じて、深呼吸をして、目を開いた。
「はい」
耕輔の短い返事に夕夏は小さく頷いて、屋上へ続く扉を開いた。
屋上には秋らしい涼しい風が吹いていた。
体育館やグラウンド、校内から賑やかな音が聴こえている。
学校祭も順調に盛り上がっているのだろう。
犯人を捜す必要はなかった。
扉から真っ直ぐに進んだ先、安全対策の手摺に寄りかかっているスーツの男性の後ろ姿があったからだ。
他には誰の姿もない。
夕夏は一歩後ろに耕輔を連れて屋上を進み、男の背後、間合いを取って止まる。
「屋上は、関係者以外立ち入り禁止ですよ」
声を掛けた。
男が振り返る。
空気が変わる。
殺気を含んだ強烈なFPが場を支配するようで、耕輔が息苦しさを感じるほどであった。
「あぁ、すまない。少し、用事があってね」
「そうですか。では、屋上から出てもらってもよろしいですか?」
男の殺気を無視するように夕夏は涼しい顔のまま、淡々と告げた。
男も表情を動かすことは無い。
「そうしよう――」
ユラリ、と男の体が動いた。
次の瞬間には二人の目の前に来ていた。
男の人差し指を中心に魔法陣が展開される。
「君らを殺してから」
刹那に差し込まれた男の言葉はかろうじて聞き取れたが、耕輔は動けない。
「あら、じゃあ武力で退場してもらうことにするわ」
男の魔法陣が発動するよりも速く、夕夏が魔法陣を切り裂いた。
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