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小説

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2020年5月の記事一覧

『世間知らずの少女と外の世界から来た男の出会い1』

 「決して身分の悟られぬようお願いいたします」
 従者によってみすぼらしいローブのフードを目深に被せられる。
 このフードを市井で外すことは私には許されていない。
 姿も身分も決して明かしてはならない。
 それが私につけられた首輪、束の間の自由のための代償。
 「レティシア様……我々の力が足りぬばかりにっ……」
 髭を蓄えた騎士然とした従者は小さな声で呟き、申し訳なさそうに俯いた。
 父の代から仕

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『ある暗殺部隊の話』

 軍人の一番の仕事は訓練することだ。
 戦闘することじゃない。
 その仕事の大部分が訓練に費やされる。
 
 ひとたび戦闘が始まってしまえば人の生死などほんの一瞬のうちに決まってしまう。
 戦闘など一瞬のうちに終わる。

 だから、軍人の仕事は訓練することなのだ。
 
 
 時々、そんな訓練の最中に明らかに他の人間と違う者がいる。
 決して目立たず、特別な能力が持っていたり、他の者より秀でているわ

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『脱獄』

 ――この世界は牢獄だ。
 
 スーツを着たビジネスマン、制服を身に纏った高校生、没個性を表現したような私服の大学生。
 多くのそれらが交差点を行き交っている。
 この世界は牢獄だ。
 人は人を支配し、互いに不自由を強要しあい、不自由の賛美を送りあう。
 あぁ、下らない。
 実に下らない。
 この世界は牢獄だ。
 
 この世界を支える楔を壊し、この牢獄の、その鉄格子を完膚なきまでに全て叩き壊す、必

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『かくれんぼ』

 「むぅ……、困ったな」
 小学生らしからぬ落ち着きで後頭部を掻きながら、大して困っていないような声音で琴占言海は呟いた。
 左右を見知らぬ林に囲まれた道を歩いていく。
 かれこれ30分以上は歩いているのだが、延々と同じ景色が続いていた。
 どうやら異界にでも迷い込んでしまったらしい。
 
 今日は小学校が午前授業で、しかもお昼前には下校になった。
担任の先生には寄り道をしないよう釘を刺されたが、

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