マガジンのカバー画像

小説

278
物語です。
運営しているクリエイター

2020年3月の記事一覧

『獣人3』

 少年たちの背中はすっかり見えなくなってしまった。
 それでも少女は俯いたままだった。
 「……大丈夫ですか?」
 声を掛けて、心配そうな表情でメルが少女を覗き込む。
 少女は目に涙を浮かべていた。
 まさか涙を浮かべているとは思っていなかったメルは驚いてしまった。
 「………メルちゃん、……私……」
 少女がポツリと涙ぐんだ声を出した。
 驚いていたメルだったが、少女の声を聴いてすぐに姿勢を正し

もっとみる

『獣人2』

「あ、メルちゃん」
 メルが大森林に足を踏み入れると、既に数人の子供がメルと同じように植物の採取に来ているようであった。
 その中の一人、黒髪の女の子がメルに気付いた。
 女の子の声に反応して、他の子供たちもメルの方に顔を向けた。
 エルフの村は、村とはいえ発展しておりそれなりの規模であるが、子供たちのネットワークもまた広く、ほとんどが顔見知りである。
 今日、植物採取に来ていた子供たちもメルとよ

もっとみる

『獣人1』

 「メル」
 「なんですか? お師匠様」
 朝。
 人間界の辺境にある大森林、その入口にある俗に『エルフの村』と呼ばれている村にある伝説の鍛冶屋の工房に併設された住居。
 メルと呼ばれた獣耳と尻尾を生やしたまだ幼い獣人の少女は小首を傾げた。
 手には工房に持っていくための資材を抱えていた。
 朝食の前に工房の火入れをしてくるのが伝説の鍛冶師の弟子であるメルの日課であり、これから工房に向かおうとした

もっとみる

『未来から来た自分』

 このメモは私自身の思考整理用のメモである。
 私には幼いころから聴こえる声がある。
 どうやら実際には発声されている類の声ではないようである。
 あの声はいったい何なのだろうか?
 私にはあの声は私自身声のように聴こえている、そして私以外に声の聴こえる人間がいない以上、私自身の声であるという仮説をもとに思考するしかない。
 
 私はその声に耳を傾けることでこれまで多くの利を得てきた。
 親兄弟、

もっとみる

『こたつ』

 「聖花ちゃん、コタツで寝ると風邪ひいちゃうわよ?」
 台所のお母さんから声が掛かった。
 微睡んでいた意識が幾分か覚醒される。
 寝ころんだまま大きな欠伸を一つして、半ば無理やり体を起こす。
 コタツの上には数冊の参考書と問題集、それと筆記用具が散らかっていた。
 勉強に飽きて、横になったことを思い出した。
 つけっぱなしのテレビから正月特番のお笑い番組が流れていた。
 ぼーっとテレビを見るが、

もっとみる