『獣人1』
「メル」
「なんですか? お師匠様」
朝。
人間界の辺境にある大森林、その入口にある俗に『エルフの村』と呼ばれている村にある伝説の鍛冶屋の工房に併設された住居。
メルと呼ばれた獣耳と尻尾を生やしたまだ幼い獣人の少女は小首を傾げた。
手には工房に持っていくための資材を抱えていた。
朝食の前に工房の火入れをしてくるのが伝説の鍛冶師の弟子であるメルの日課であり、これから工房に向かおうとしたところでメルの師匠で伝説の鍛冶師たるエルフの女性に呼び止められた。
師匠は今朝、珍しく早めに届いた一枚の手紙片手に窓の外に目を向けていた。
外は快晴で、春らしい暖かな風が長かった冬の終わりを告げているようだった。
もうすぐ冬越しの祭が開かれることもあり、この時間帯も村の活気が聴こえてくるようだった。
師匠の顔がメルの方に向く。
幼いメルでさえ綺麗だと思う程整っている師匠の顔が優しく綻んでいた。
「今日はお休みにしようか」
師匠はのんびりと椅子にもたれながら提案した。
対するメルはまたしても首を傾げた。
「どうしたんですか?」
特に仕事がないわけではないハズだ。
そもそも世界中に名を轟かせている師匠には年がら年中依頼が来ている。
特別なにか用事があるとも聞いていなかった。
だから師匠の提案がメルには不思議だった。
対する師匠は相変わらずのんびりとしたものだった。
「まぁ、たまにはいいじゃないか。こんなに天気もいいんだ、今日は工房は休みにしよう」
メルも師匠の提案に不満があるわけではないので、大きく頷いた後抱えていた資材を資材置き場に戻しに行く。
「それにメルに頼みたい仕事もあるよ」
「メルにですか?」
話しかけられたメルは律儀に師匠の方に向き直り、三度首を傾げた。
「あぁ、大仕事だよ、メル。だから、まずは資材を戻してきなさい。それから朝ご飯にしよう」
師匠は笑っていた。
師匠に頼られるのは好きだ。
メルも微笑んで、
「はいっ!!」
と、大きな返事を返し、資材置き場の方に消えていった。
~~~~
メルが師匠に頼まれたのはとある植物の採取であった。
長い冬を越えて春になると芽吹くその植物は、この村で昔から春を告げる植物として親しまれてきた。
村の伝統である冬越しの祭ではこの植物を使ったスープを作る風習がある。
植物自体は大森林の奥に入らなくとも入り口で採取できるため、昔から村の子供が取りに行くのが一般的であり、メルも例に漏れず植物の採取を任されたのだった。
「よぉ、メルちゃん。お出かけかい?」
「お祭りの準備です!!」
意気揚々と村を歩いているとパン屋の店主が声を掛けてきた。
「あー、冬越しのお祭りのか。入口とはいえ、大森林は魔物の類も出るから気を付けるんだよ」
「はい!! 気を付けます!!」
メルは言いながら腰に挿した、剣と呼ぶには少々小ぶりでナイフと呼ぶには大ぶりな刃物を抜いて見せた。
師匠がメルに渡したものだ。
伝説の鍛冶師が作った刃物は素人目に見ても見事な一品であった。
自信満々に刃物を引き抜いたメルにパン屋の店主は苦笑した。
「……まぁ、メルちゃんなら大丈夫か。あー、でも、なんかあったらすぐに大人を呼ぶんだよ」
「わかりました!!」
メルは笑顔で答えて刃物をしまい、ペコリと店主にお辞儀をしてから村の出口に向かって再び歩き出した。
店主は段々と小さくなっていくメルの背中を見送り、やがて店の中に戻っていった。
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