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【実話怪談】物理的にあり得ない

社会人吹奏楽団で出会った、コバさんの話をします。

コバさんは某有名パン会社の営業さんで、全国転勤のある方でした。
私が趣味で社会人吹奏楽団に入り、3年ほど経った時に、コバさんは入団してきたと思います。
コバさんは30代半ばくらいの男性でとても人あたりがよく、行動力もある方で、「転勤で長くはいられないけど……。」と言いながら、自前のチューバをとても良い音で吹き鳴らしていました。
コバさんの凄いところは、入団してすぐに団員と打解けて、団長になったところです。
社会人吹奏楽団ということで、団員それぞれ家庭や仕事がある中での活動になります。
当然、時間を取られる役職は敬遠されがちなところ、あっさり団長を引き受けたコバさんは、変わり者でした。
「独身で気楽だからなんでもできるよ。」と言いながら、ずっと昔から楽団に所属していたと錯覚させるような雰囲気を纏っていました。
土に染み込む水のように、なんの違和感もなく浸透していけるような人。
(なるほど、これがコミュ力が高いということか。)と、私は妙に感心してコバさんを眺めたのでした。

そんなコバさんと、個人的にお話したのは一度だけで。
私が楽団に関する何かの話し合いの資料に、ボールペンでオリジナルキャラクターを書いていた時でした。
それを見て「パンのパッケージに使えそうなキャラクターですね!」と興味津々な様子で話しかけてきたのです。
「これ、職場でみんなに見せてもいいですか?」と聞かれて、しばらく食い下がられたけれど、丁重にお断りしました。
ボールペンで書いたら白黒で、確かに食パンのキャラクターに見えなくもないけれど……。
(残念ながらこのキャラクターは青色なんだよなぁ。)と、謎のこだわりを持っていた当時の私は、某有名パン会社との繋がりを自ら棒に振ったのでした。

コバさんの人柄を表す、忘れられないエピソードがあります。
コバさんが団長になって、2度目の定期演奏会を終えた冬のことです。
ホルンパートのワタルさんが突然亡くなりました。
バイクの事故でした。
「最近疲れがなかなか取れなくて、自転車で転んで怪我しちゃってさ〜。」
と、腕に包帯を巻いて練習に現れたのは、つい2週間前で。
「しばらく乗り物には気をつけないと駄目よ。」
と、同じホルンパートのイサカさんが言っていたのをよく覚えています。
なのに、仕事を残業して深夜、バイクで帰る時に事故であっさりこの世を去りました。
ついこの間、私の隣で吹いていたのに。
定期演奏会では、イサカさんと私とワタルさん、並んで吹いたじゃないか。
にわかには信じられず、葬儀に参列しても実感がわかず、でも棺に眠る姿を見た時に(ああ、本当なんだ。)と腑に落ちて。
周りの目があるからと、一瞬ぼやけた視界をぐっと立て直して席に戻りました。
私が席に着いた時。
斎場に男性の泣き声が響き渡りました。
思わず目をやると、コバさんが人目も憚らず棺にすがりついて、「ワタルさん!ワタルさん!」と、涙を流していました。
その姿を見て、(私、この人の人間性が、とても好きだ。とても、羨ましい。)と痛感して俯いたのでした。

ある時、いつも使っている練習場が改修工事のため長期間使えないことになりました。
活動の拠点を失うのはとても痛手です。
というのも、個人持ちの楽器は個人で持ち運ぶのでどこにでも行けますが、パーカッション(打楽器)や団所有の楽器は置き場が無くなってしまい、路頭に迷うことになります。
どこかの貸倉庫を有料で借りるのも、団費でまかなえないくらいの額になってしまうので、さてどうしようかと会議が開かれました。
「転勤するまでの間なら、うちのマンションの個人スペースを使っても良いですよ。ただ、いくつか条件があります。」
そう言って、コバさんが提示した条件は以下の通りでした。

①個人スペースはマンションの一階共用ラウンジにあるが、住人以外が集団で入るのはよくないので、物を入れたり取りに来るのは1人ずつにすること。
②収納を効率よくしたいので、個人スペースにぴったりの棚を作りたい。棚を作る費用だけ欲しい。
③合鍵を作って数人に渡すので、連絡を取り合ってうまく時間が被らないように利用して欲しい。時間帯問わず、いつ出入りしても構わない。
④もしも転勤が決まったら2週間で出なければいけないので、その間に楽器の移動先を探してもらいたい。

練習場の改修工事は1年半くらいを予定していたので、コバさんの転勤さえなければ貸倉庫を借りるよりもずっと安く済みます。
「今のところ転勤は1年以内には確実に無いです。1年後以降はちょっとわからない感じですが……どうですか?」
コバさんの問いかけに、渡りに船とばかりにみんなが御礼を言います。
「えっと、マンションの管理会社に許可は必要になりませんか?楽団員は部外者なわけですよね?」
私が確認すると、コバさんは「あ、実は確認済みでして……。とにかく集団で邪魔にならなければ大丈夫だそうです。元々一階には貸店舗がありまして、今はコンビニが入っていて誰でも通り抜けられる作りなんですよ。」と、淀み無く説明しました。それを聞いたら断る理由もなく、私も賛成せざるを得ませんでした。
(個人スペースは、本来きっと車のタイヤとか除雪道具とか入れる場所なんだろうなぁ……。)
コバさんに頼りきりでなんだか申し訳なく思ったからなのか、みんなが賛同する中で私はなんとなく引っ掛かりを感じていました。
それを悟ったのかわかりませんが、後からコバさんが「すみません。悪いようにはしないので、僕に任せてください。」と、わざわざ言いに来てくれたのが印象的でした。

そういうわけで、団所有の楽器は、コバさんのマンションの個人スペースに詰められました。
詰める時も、バラバラに1人ずつ入り、最初はコバさんの付き添いで案内されて場所を確認しながらの作業でした。
私も合鍵を持つメンバーに選ばれていたので、シンバルなど持って中に入ります。個人スペースの扉を開けると、中は綺麗に棚が出来ていて、なるほど効率よく収納できるようになっていました。「小物を奥の棚に詰めて、大きめの鍵盤楽器は手前に置く予定で……。」と、コバさんが入れる場所を説明します。
言われるままにシンバルを仕舞いながら、なんとなく違和感を覚えて周りを眺めますが、特に変わったところはありません。
(なんだろう……?)
具体的に説明できないけど、何かが気持ち悪い。コバさんが、「あ〜、ごめん!やっぱり女性には楽器が重いよね。違う人に鍵係やってもらおうか。」と私の様子を見て言います。
(ほんとによく気の利く人だなぁ。)と、感心しながら、「いえ、大丈夫ですよ。私は力持ちなんです!」と笑い飛ばし、その場を後にしました。

それからは特に困ることもなく、順調に時は過ぎていきました。
楽団の練習場は毎回変わりましたが、練習場に向かう途中でコバさんのマンションに寄り、その日使う打楽器を取り出して車にのせて行きます。
合鍵を持つメンバー同士が連絡を取り合い、マンションに寄る時間を被らないように調整して……。早朝や深夜に予め車に打楽器を積んでおく人もいました。
何一つ困ること無く1年と数カ月が過ぎた頃。
ついにコバさんが転勤することになりました。
「すみません……一応貸倉庫の目星は付けておきましたので。」と、最後までスマートなコバさんでした。

コバさんのマンションから貸倉庫へと荷物を移す日。
残念ながらコバさんはもう次の勤務先に引っ越していて立ち会えず、合鍵メンバー全員で近くのコインパーキングに車を置いて集まりました。
作戦としては、1人ずつマンションに入り、楽器を取り出して車に積み、また別の人が入り……と、入れ代わり立ち代わりで楽器を運ぶ予定でした。
もちろん私も手伝います。
最初は手前の鍵盤楽器。
ドラムセット。シンバル。コンガ……どんどん持ち出して、最後に戸締まりの確認で私が行くことになりました。
(ほんとにお世話になったなぁ。)と、感慨深く思いながら、なんとなく鍵を開けて中を確認します。
(棚は置たままで良いって話だったな……。)
改めて、空っぽになった空間を眺めながら、あれ?思います。

こうして改めて眺めて見ると、明らかに狭いのです。

(さっき運んだものが、全部ここに収まってたんだよね?)
頭の中に、先程持ち出した打楽器たちが浮かびます。
(いやいやいや、無理だろ。)
一気に動悸がして冷や汗が出てきました。
(いや、でも、いつも見てたはずだよね?楽器を取り出す時に、綺麗に収まっているところ。)
必死に記憶を遡って、思い出そうとしますが、どうしたことか何一つ思い出せません。
(あり得ない。どう考えても、物理的にあり得ない……。)
思わず棚へ近付いて、奥の壁を覗き込んだ時。


コン、コン、コンッ

ピンポン玉が壁に当たるような、軽い音がしました。

場違いな音に、一歩引きます。


コンッ

意外と近くから、その音はしました。

(下、だ。)

その音は、足元から。

見てはいけないと思いながら、視線は足元に向かい。

そして。

見えました。

床をノックする、手。

その手は奥の壁から信じられないほどに長く伸びて。


コン、コン、コンッ

床を、鳴らしました。

次の瞬間、迷わずその場を離れて扉を閉めます。鍵を厳重にかけながら、脳裏に浮かんだのはコバさんの言葉でした。

『すみません。悪いようにはしないので、僕に任せてください。』

いやいやいや、お化け屋敷じゃん?
悪いようにはしないって言ったのに、詰めが甘いんじゃないの。
(よくわからないけど……あそこは次元が違ったのかな、多分。)
深呼吸しながら、コバさんのことを思います。
楽団のためにあれこれ奔走してくれたコバさん。
私のキャラクターを気に入ってくれたコバさん。ワタルさんの葬儀で、人目も憚らず大泣きしていた、コバさん。
(よし!忘れよう。)
決心して戻り、みんなに戸締まりはバッチリだと伝えました。

無事に貸倉庫へ楽器を運び終えて、このお話はお終いです。
と、言いたいところですが……。
無事に楽器を移動して合鍵を破棄したことを伝えるべく、団員がコバさんに連絡したところ、電話は繋がらず、その後も全く連絡が取れなくなっていたことを付け加えておきます。
更に、昨年の夏、我が吹奏楽団がコンクールで金賞を取り遠征することになった時。
団の通帳に、コバさんの名前で3万円振り込まれていました。
相変わらず連絡を取ることができず、どこにいるか全くわからないコバさんですが、我が団のことを今もあたたかく見守ってくれているようです。

これは私の実話です。


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