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【実話怪談】桜の樹の下には

マホ園長の話をします。

マホ園長は、とある小さな院内保育所の園長で、40代前半くらいの女性です。
院内保育所とは、基本的には病院スタッフのお子さまを預かる施設で、0歳〜2歳までのお子さまを一緒に保育します。
病院スタッフと同様に夜勤があったりと、お子さまの数は少人数ながら、独特な家庭的雰囲気のある職場でした。

私がマホ園長と働いていたのは、8年前までです。

マホ園長はとにかく判断力と行動力のある方で、憧れの存在でした。
自分が悪いと思ったことをすぐに反省して正すことができる強さを持つ人で、私はそんなマホ園長を尊敬していました。
このままこの院内保育所にずっと居ても良いかなと思っていたものの、8年前の私はスキルアップを目指して転職し、今現在に至ります。

「みお先生は、10年後うちに帰ってくることになるから、経験を積んできたらいいよ。」

勤務最終日、マホ園長にそんなことを言われてびっくりしたことを昨日のことのように思い出せます。
当時のパートの先生が、「マホ園長の予言は当たるから。10年後に戻るときは、マホ園長の後継者になるのかなぁ。待っていますね。」と笑顔で言ったことも、不思議なくらい鮮明に覚えています。
10年後まで、あと2年……毎年桜を見ると、マホ園長と、あの院内保育所を思い出すのです。

院内保育所の園庭に、一本だけあった桜の木。

海が近くて潮風が吹く、植物にとって決して環境の良くない場所に、その木はありました。
そもそもこの院内保育所は、時代の要請に合わせて病院の敷地内に後から作られたものです。
突貫工事だったのか、園庭にある砂場の砂はもちろん、園の周りの土壌はみんな、明らかに砂浜から持ってきたような土質です。
(よくこんな場所に立っていて枯れないな……。)と、桜の木を見る度に思っていました。
環境のせいか、それほど大きくない木でしたが、それでも春になると、とても美しい桜を咲かせました。

そんな園庭の横には、マホ園長の管理する畑がありました。マホ園長は実家が農家だそうで、農業のスキルが高く、こんなに痩せた土地でも立派な野菜を育てるのです。
「子どもたちの食育にもなるし、私育てるの得意だから。」と言いながら、丁寧に畑作りをしていました。

夏になるとカラスに作物の実を突付かれるため、夜勤中にカラス避けを作らされることもありました。
マホ園長の設計図通りに作るのですが、今思い返すと本当にコレがカラス避けになるのかと疑問に思うような形状でした。ですが毎年、それを作って野菜の周りに設置すると、カラスは遠巻きに野菜を眺めるだけで決して近づいてきませんでした。
毎年立派に実る野菜たちを目の当りにしていて、当時は何も思わなかったのですが、今思うとマホ園長の技術は相当なものです。
苺でも、西瓜でも、オクラでも、南瓜でも、マホ園長の手にかかると失敗することなく大きく育つのでした。本当に、不思議なほどに。

夏には園の子どもたちに見せるために、実家の畑にいたカブトムシを捕まえてくるのですが、これがまた立派なカブトムシでした。
私も趣味でカブトムシを幼虫から育てますが、どんなに良い土で育てても、あれほど大きなカブトムシには出会えません。しかも、マホ園長が連れてくるカブトムシは軒並み長寿なのです。夏が終わっても生きが良く、百均で買ったゼリーを餌にしているのにと、これも不思議でした。
(きっとマホ園長は、何かの加護を受けてるんだなぁ。)と思うほどでした。

そんな動植物に愛されるマホ園長でしたが、園庭の桜の木のことを何故か嫌っていました。
ある時、「もう少し畑を広げたいけど、スペースがないんだよね。」とマホ園長がぼやいていたので、私が「園庭の桜の木の周りは結構余裕があるから、プランター栽培とかいけそうですよね。」と言うと、「あの桜の木は駄目。あれの周りでは何も育たないよ……あの木、引っこ抜きたいくらいなんだよね。」と小さな声で憎々しげに呟くのです。
マホ園長の意外な言葉に驚いて聞き間違いかと思い、「え?」と聞き返します。
すると今度ははっきり、「桜の木、邪魔だから切ってもらおうと思って業者に連絡したこともあったんだけどさ、『桜の木を切ると呪われるから。』と断られちゃったんだよね。」と言いました。

桜の木は、邪魔と言われるほどに園庭を逼迫しているわけではありません。
むしろ、ポツンと離れた位置にあります。マホ園長がそれほど嫌う理由がわからずに戸惑うばかりでした。

ある春の日の夜勤。

その日は、マホ園長と2人だけの勤務でした。
子どもたちをお風呂に入れて、寝かしつけも終わって一息ついた21時半頃、書類を持ってマホ園長が現れました。
「室内遊び用の滑り台がもう一つ欲しくて。みお先生、廃材で作ってくれない?」
と、設計図を手渡してきます。
院内保育所には充分なお金がなく、大型遊具でさえ手作りすることもしばしばでした。快く引き受けて、マホ園長の設計図を眺めます。いつもながら、マホ園長の書く設計図は見事なものです。
感心して眺めていると、マホ園長が突然、園庭側の窓を全開にしました。
突然吹き抜ける春風に、びっくりして顔を上げると、マホ園長が窓から身を乗り出して何かを見ています。
「どうしたんですか?」
と、思わず近寄ると、マホ園長は桜の木を指さします。
目を凝らして指さす方向を見ますが、そこにはただ、満開の美しい桜の木があるだけです。
「みお先生、あれ、見えない?」
尚も指さしながらマホ園長が真剣な表情で言います。しかしどんなに目を凝らしても、特に変わったところはありません。
困惑する私に、マホ園長は諦めたように指さしをやめて、「ごめんごめん。変なこと言ったね。」と言いながらポンッと私の肩をたたきました。

その時。

ゾワッと、頭からつま先まで貫かれるような悪寒が走り、得体の知れない恐怖心で思わず一歩後ずさりました。
そして、マホ園長を見て、更に腰を抜かしそうになります。
目の前にいるのは、マホ園長ではありません。
マホ園長意外あり得ないのに、そこにいるのは知らない人です。

髪の短い、若い女性。

一気に跳ね上がる心拍数。

軽くパニックになりながら、ギュッと目を閉じます。

なんとなく、視覚が頼りにならない、遮断せねばと思いました。

ものの10秒ほどだったと思います。

おそるおそる目を開けると、そこには、汗だくのマホ園長がいました。
明らかに具合が悪そうな姿に、「大丈夫ですか!?」と声をかけます。
(さっきのは、見間違い。)と、自分に言い聞かせながら、マホ園長の顔を覗き込みました。
滴るくらいの、明らかに異常な量の汗です。
「あー、ごめん。更年期障害でさ、ホットフラッシュだわ。」
なんてことないように笑いながら、「シャワー浴びてくる。」と立ち去っていくマホ園長の背中を眺めながら、あ、と思います。
(マホ園長、窓を閉め忘れてる。)
春の夜の空気はまだ冷たくて、寝ているお子さまの体によくないかもしれない。
気は進まないものの、窓を閉じようと近付き、なんとなく。

桜の木を見ました。

そこには、さっき目の前にいた髪の短い、若い女性が立っています。

白い服が、闇夜に映えて。

どうしてか、目を離せません。

女性はスッと桜の木の根本を指さして。
そして、一礼して消えました。
(桜の樹の下には屍体が埋まっている……と、書いたのは、梶井基次郎。)
それを見て、急に頭が冷静になるのを感じました。
(明日の朝、仕事が終わったら、桜の木の下を少し掘らせてもらおう。)
不思議と怖さは、もうありませんでした。

翌朝。

マホ園長に許可をもらい、一緒に桜の木の下を掘ることになりました。
「私も、いつか決着をつけようとは思ってたんだよね。」
言いながら、どこから持ってきたのか絵に描いたような大きなスコップを取り出すマホ園長を見て、夜勤明け寝不足ハイの私は笑い転げます。
「ここ掘れワンワン!」
言いながら豪快に、桜の根を避けて掘り進めていきます。
何が出てきても驚かない。
死体でも何でもどんと来い!
そんなテンションで、50センチほど掘った時。

「………みお先生、これ。」


最初に出たのは、注射器でした。

更に掘ると、注射器はどんどん出てきて、瓶に入ったなんだかよくわからない薬品のようなものも次々出てきます。
軍手で慎重に取り出して並べていきながら、マホ園長は呟きました。
「産業廃棄物を、不法に埋め立てたのかな。」
次々出てくる医療用品に、ゾッとします。
(保育所を作るのに、そんな杜撰な。)
万が一、お子さまの手に触れて怪我をしたらと思うと怒りがわきました。

結局、マホ園長が然るべきところに報告し、この件は無事収束しました。
桜の木は、残念ながら切り落とされてしまいましたが。
その後、業者が掘り返しても死体が出ることはありませんでした。

それにしても、あの女性は誰で、何を伝えたかったのでしょうか。
今思い返すと、女性が着ていた白い服は、ナース服だったような気がするのです。

これは私の実話です。


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