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まんなかの子

アメリカ大陸横断ひとり旅、やるぞ!って決めたその日から、えっ!嘘でしょ。とたくさんの人に心配された私。
その最たるものは夫でした。

 いつのまにそんなに強くなったの?って。呆れてる。
そんな、あなたと一緒の人生がここまで強くさせたんでしょ、っと言い返そうかと思った瞬間に、同じことを言ってきました。
そして、私が言い出したら聞かないことも一番よく知ってるひと。

 そりゃね、やってみたい気持ちはよくわかるよ。でも、一人はちょっとやめたほうがいいよ。とその日からあの手この手で私が心変わりする機会をねらっていました。


お兄ちゃんからの提案

 そんなある日、家族が揃った席でお兄ちゃんから素敵な提案があったのです。
その日は次男坊の大学の卒業式、そして、ちょうど母の日の週末でした。

 おかあさんがチャレンジしてみたい気持ちはよくわかるよ。やってみたらいい。でも、やっぱり一人はみんな心配だよ。お父さんの気持ちもよくわかる。だからね、Sちゃんの大学卒業祝いに大学院の合格祝い。そして母の日。全部合わせて僕がレンタカーと航空券をプレゼントするよ。
Sちゃんと一緒にロサンゼルスまで車で行って、ロサンゼルスから飛行機で帰っておいで。そうしたらどう?

 もう、その瞬間の夫の顔と言ったらありません。どれほどホッとしているか。よくぞ言ってくれた!まさにそれが満面に現れていました。

 そしてこの母も、そんなお兄ちゃんの提案に涙して気持ちを吐露したのでした。
今回の旅はお母さんの後悔の埋め合わせ。
お母さんがSちゃんと一緒にいたいの。3人それぞれに自分なりに一生懸命育ててきた。
でも、どうしてもSちゃんは真ん中の子。お母さんと二人だけで一緒にいる時間が少なかった。それだけは後悔してる。だから、この旅はお母さんが一緒にいたいのだ。そんなことを素直に言えたのです。

 場所は次男坊がよく通ったという美味しいベトナム料理屋さん。
おしゃれなレストランもいいけどSちゃんが好きだったお店もいいんじゃない? というお兄ちゃんのアイデアで入ったお店はまさに町中華。
ベトナム人のご家族もいっぱい。英語ではない言葉が飛び交う喧騒のなかで、なぜか涙を流す日本人家族。
シュールな光景ではありますが、その瞬間、私たち家族それぞれの心の中に幸せが溢れていたと信じて、私は今でも思い出すたびに温かい気持ちになるのでした。

真ん中の子

 次男坊は上に6歳8ヶ月大きい兄、下に4歳7ヶ月離れた妹の真ん中で育ちました。
生まれたその時から彼のスケジュールはお兄ちゃんを中心に回ります。寝てようとぐずっていようと、カーシートに乗せられて連れまわされました。
そして兄になってからは、今度は妹のご機嫌に振り回されます。

 友人たちから「明け方様」とあだ名をつけられたほど夫は仕事に忙しく、子煩悩な父親ではあっても、このアメリカで誰も頼る人がいない私たち夫婦の子育ては、まさに今でいう私のワンオペ育児でした。
 少年野球で一生懸命プレイしていても、妹がプレイグラウンドで遊びたがったら母は応援することもできません。

 小学生低学年の頃、ある練習の日に姫がぐずったことがありました。妹の気持ちもわかります。ゆっくりお昼寝をしているのに起こされるのですから。
でも、迎えに行くのにつれていかないわけにはいきません。ぐずって暴れる姫をなんとかカーシートに縛り付けてグラウンドへ迎えにいくと、誰もいないグラウンドで次男坊が一人で私をまっていたことがありました。

 遅くなってごめんと詫びる私に次男坊は怒りもせず「大丈夫だよ、Kちゃんが寝てたんでしょ」と優しく微笑むのです。その笑顔を私は忘れることができません。抱きしめて、ごめんなさい、ごめんなさいと泣いた若かった自分を今でも思い出します。
 真ん中の子は、どうしても兄、妹に挟まれて優先順位が変わってしまう。
それは紛れもない事実でした。

 子育てに後悔がないはずがない。3人のどの子にも、ああしてあげればよかった。こうしてあげられただろうに私の力が及ばなかった。そう思わない日はありません。それでも特にこの真ん中育ちであったが故に、私自身が次男坊とゆっくり過ごす時間が足りなかった。その思いは、私は一生持って生きるような気がしていました。

幸せなプレイリスト

 今回の旅にあたって、次男坊が車で聞くプレイリストを作ろうと提案してくれました。長い車旅、ふたりで聞きたい曲をのせていくのもとても楽しい作業です。子供達が育つ間の懐かしい曲もたくさんリストにいれました。

二人とも知ってて一緒に歌える曲、それが選考基準になりました

 二人で歌いながら10日間のドライブ。
歌いながら二人でいろいろなことをおしゃべりしました。
昔の思い出、これからの夢、新しい場所での不安、そして希望。
そんなことをゆっくり話せたことがどれほど私の癒しになったことかと思います。

 そして次男坊が作って家族にシェアしてくれた旅行計画スライドショー。
その10日目には、可愛い猫ちゃんが手を振る動画イラストが入っています。夫はそれを見ると次男坊の気持ちを思って涙が出る言っていましたが、今、この旅が終わっても私を幸せな気持ちにしてくれる一枚になりました。

右下にいる猫ちゃんが、オリジナルではバイバイと手を振っています

 そして次男坊と別れて、さあ、私のひとり旅が始まります。
車から流れるプレイリストはそのままです。すると私は寂しくて仕方がなく涙が出てくるのでした。
これから始まるひとり旅の冒険旅行にワクワクはしているのです。でも、次男坊と一緒に旅した幸せな時間がその音楽と一緒に思い出されて切なくなってくるのでした。

 これではいけない。そう思って私は新しいプレイリストをつくり、それを聞きながらひとり旅をつづけました。
 そして無事に自宅に帰ってきて一週間がすぎて、学校が始まるよ。とファミリーチャットで、次男坊が自分で作ったお弁当の写真をのせてくれました。
私がいつも持たせていたようなお弁当です。
私はそれをみて、涙がでるほど幸せな気持ちになったのでした。そして思わず夫との思い出の曲、It never rains in Southern California を口ずさんでいたのでした。今回の旅でも次男坊となんども一緒に歌った曲です。

 そしてその時に、私は初めて少し肩の荷が下りたような気持ちがしたのでした。育児に後悔はつきもの。でも、この10日間の旅が私に与えたくれた幸せは計り知れず、そして懺悔する母に、お母さん心配なんてしなくていいよ、という優しい言葉が私の気持ちを癒してくれるのでした。

 金銭面で支えてくれたお兄ちゃん夫婦。そして留守を守ってくれた姫。どの子供達にも感謝の言葉しかありません。
本当に、私の「子育て卒業旅行」そのものだったと思っています。

1992年からのアメリカ暮らし、ボストンはそろそろ四半世紀になりました。 「取材」と称していろいろ経験したり、観光ガイドも楽しんでいます。 https://locotabi.jp/loco/hyacinth 応援していただけたらとても励みに思います。