茜色の秋空

「今日のご飯何にする?」そう聞いてきた彼女―伊藤翠は僕の妻である。

「じゃー。豚キムチがいいな。僕も作るよ。」

「ありがとう!」

この他愛もない会話が僕たちの幸せを象徴している。

僕の横にはいつも女神がいる。

彼女の顔立ちは整い、スタイル抜群、少しおっちょこちょいだけど、周りに気を遣える女神なのだ。

そうだな。例えば、外食中食べ終わった皿をまとめて片付けたり、店員さんが食事を運んでくる度にお礼を言う彼女。

学年に一人はいる高嶺の花ってところか。

そんな彼女が僕を結婚相手に選んでくれた。

この世の全ての人類が不思議に思うかもしれない。それは僕も同じだ。

この他愛もない会話の中で不意に質問を投げかけた。

「あのさ、なんで僕と結婚しようと思ったの?」

彼女は少し困った表情をした後、口を開いた。

「いきなりだね。うーん。豚キムチって実は偶然じゃなくて、必然の産物なんだよね。そんな感じ?」

突飛な質問を突飛な答えで返された。

「なんだよそれ。全くわかんねー。」

「この世には知らなくて良い事もあるのかもね!」

「これは知るべきでしょ。」

二人の掛け合いがまるで夫婦漫才のようで、二人共笑いが込み上げてきた。

「まぁ。結婚生活幸せですし、僕はこれからもずっとあなたを愛しますよ。」

「私も」


顔は普通、性格も格段に良くはなく、お金持ちでもない男―佐藤永吉と私は結婚した。

しいて褒めるとするならば、「ご飯何食べる?」と聞いたら必ず具体的な食べ物を言ってきたり、「愛してる」などとクサイ言葉を愚直に言う男なのだ。

周りには釣り合わないとよく言われる。

しかし、私は彼と結婚した。

彼と出会ったのは大学一回生の春だった。

たまたま必修授業で席が隣だった。

毎回グループワークが同じで自ずと話す機会が増えた。

いい男友達に巡り会えたと思って、私のキャンパスライフの一つの財産となっていた。

そこから私達は友達として、何度もご飯に行き、時には人生や恋愛の相談もしていた。

そして、時が無常に過ぎた大学4回生の秋頃だった。

「今日の天気は雨。19℃と少し肌寒い気温となり、雨具は必須です。」携帯を片手にテレビを流し見していた

この天気予報はとても当たると話題なのだ。

天気予報の次に始まる占いまで私は家を出なかった。

「ぽん太君が送る今日の占い!AB型の今日の運勢とラッキー〇〇わ?」たぬきの顔をしたゆるキャラポンタが運勢とラッキー数字・アイテム・カラー・食べ物を言う。

「今日の運勢はぽん凶。運命が変わる日かも?」これは所謂、大凶という事だ。

テレビを消しかけたが、最後まで聞くことにした。

「そんなポン凶のあなたのラッキー数字は7。アイテムは鐘。カラーは金。食べ物は豚キムチだよ。」この4つが揃うと大吉に反転するとぽん太は言った。

ふとテレビの時計に目をやった。

「やばい!もーこんな時間!?占いのせいで電車間に合わないじゃん。」

早速大凶の祟りがきた。今日は永吉とご飯を食べに行く約束をしていた。すぐさま携帯を取り出し、ラインを打った。

「ごめん。永吉。電車遅れて集合時間間に合わない。。。」
するとすぐに既読がつき

「いいよー。ゆっくり来て!それか走って来てもいいよ笑」つまらない冗談と共に、いつもの優しさが少し私を安心させた。

それから急いで支度をして、待ち合わせ場所に17分遅れて着いた。

「お待たせ。待った?」

「全然!こんなの誤差じゃん。お腹空いたし、なんか食べに行こうぜ」

「そうだね。7時10分だしね。何食べたい?」

「中華一択でしょ!」

「一択の要素はわからないけど。」少し冷めた口調で私は言ったが、彼は携帯で中華の店を調べて聞いてはいなかった。

私達は金王という中華屋に入ることにした。

「へぇー。金王。金。こんな道沿いに良い中華があったなんて。」

「うわー。美味しそう。何食べよかっなぁ。」

 私の話はそっちのけだったが、メニューを見ながら下向く彼はどこか健気で可愛くも見えた。

「適当に注文しよ!」

「すみませーん。」彼は奥の厨房に向かって周りに配慮した声で店員を呼んだ。

「はーい。」華奢な男性が注文を取りにきた。
「なににされますか?」カタコトの日本語に私達は目を合わす。

「えっと。焼餃子2人前。レバニラ炒め1人前。豚キムチ1人前。唐揚げ2人前。チャーハン1人前でお願いします。」

私はこの注文に違和感を感じていたがさほど気に留めはしなかった。

「お飲みものはいかがされます?」

「お水で!」

「わかりました。」注文を取り終わると奥の厨房に中国語でメニューを伝えていた。

「頼み過ぎじゃない?あの感じ絶対本場の中華だって。」

「まぁまぁ。中華っていっぱい食べれるから大丈夫。」


「太ったら永吉のせいね。」

二人の会話になんの駆け引きもなく、自然と心地の良い時間が流れた。

注文したメニューを華奢な男がお盆いっぱいに持ってきた。

「すみません。ありがとうございます。ねぇ!見て!美味しそう!」脂がたっぷりなニンニクが入った中華は私達の空腹を満たし、話を一層に盛り上げた。

「なぁ。山田雄介の小説よんだ?」


「読んだかも。あれだよね、犯人が実は妹だったってやつ?」

「そうそう。あれの福笑い爺さんへのミスリードがよかったんだよね。」

こんなマニアックな小説も一緒に楽しく語り合える。友人として満点をあげたい。私たちは趣味以外にも

「価値観って大切だよね。」

「時間とお金の価値観が会う人ったなかなかいないもんね。」

「それ!わかる!そんな人は大切にすべきだよね!」

こんな人生についての話や、

「俺の時計みて!」

「え!ジップルウォッチじゃん!最新!?」

「最新だよーん。ちたみに、ゴリラのホーム画面にしてる。ゴリラってかっこいいっしょ。」

「バカみたい。つけさしてって言おうとしたのに。冷めたよ。」

こんな他愛もない会話も。

二人だけの空間がどこか居心地が良かった。まだ話す事は山ほどあったが、時はやはり無常であっという間に過ぎた。

「え。もー閉店の時間?」私達は時間を忘れ、閉店の時間まで話し込んでしまった

「すみませーん。お勘定で!」私は奥の厨房にむかって華奢な店員を呼んだ。

「ちょっとまてくださいね。」この間に、食べたお皿を二人でまとめた。あの店員のカタコトな日本語が私達の関係を彷彿させた。

「おかいけいが4700円になります。あ。あとこれ、ぶたきむのサービスです。」華奢な店員が豚キムチの付属サービスで僕たちにバッティングセンターのコインを手渡した。

お会計を済ませた後、思わぬ副産物を得た私達は見つめ合い、次の予定が決まったと二人で確信した。

「ご馳走様です。ありがとうございました。」

二人でちゃんとお礼をして、店を出た。私達は次の目的地まで歩いて行くことにした。

「見てあれ。めっちゃ綺麗!」永吉が指差す方には、ライトアップされた神社があった。

「本当だ。なんで今日ライトアップなんだろうね。」

「気になる!少し寄ってかない?」

「ちょっとだけだよ!!」私達は鳥居をくぐり、鐘鈴の目の前で5円お賽銭をした。

「ちょっと何お願いしたの?」

「教えるわけねーだろ。願いが叶わないだろ。そもそも、神社は願いを叶える所じゃないんだよ!ばーか」

そう言う彼の頬はライトアップのせいか少し赤くみえた。

「何恥ずかしがってんのよ。」

私が捨てセリフを言った途端、鐘鈴が光った。するとあたり一面神社が神々しく光り始めた。

「え。なにこれ」

「うわーすげぇ。プロジェクションマッピングだ。」

私達は唖然とし、神社一面を見渡した。私は呆気に取られ、少しよろけた。

「大丈夫か?」

私の手を取り彼は支えてくれた。なぜか私はこの瞬間頭の中で鳴るはずのない鐘が鳴ったように感じた。

「ありがとう。」すぐさま体制を持ち直し、70秒二人で神社を見渡した。

「あー。終わっちゃった。」

「こんなイベントやってるなんて知らなかった。お賽銭を入れて、鐘を鳴らすとプロジェクションマッピングが始まる仕組みみたいだな。」

「へーすごい。進歩してるね。現代」

二人は何か良いものを見たと感じながら、バッティングセンターに行く事にした。

店内に入ると、若く恰幅のいい男性が「いらっしゃいませー。」と無愛想な顔でこちらを見た。

私達は離れるように、隅っこの打席で打つ事に決めた。

「ピッチャーはエース大谷!最終回ランナー満塁!さぁ永吉選手打てるのか!」

即興コントが始まった。

「翠!俺が打って甲子園連れてってやるよ。」

真剣に役柄に入ったらしい。

「ピッチャー、第一球投げました!」永吉は65kmの山なりボールを全力でスイングした。

当たる気配のないスイングに無愛想な店員がほくそ笑んだ。

「永吉!甲子園連れてってくれるんでしょ!」私もいつの間にかヒロインになっていた。

永吉はその後も空振りとファールチップで試合を終えた。

「あーあ。私達の甲子園が。」私が悲劇のヒロインに変わった事は理解した。

「まだ終わっちゃいねーぜ!翠!俺本当はエースなんだ!」なんてダサくて、諦めが悪い男なのかと思い、大きく笑った。

やはり私はヒロインらしい。

「先程、代打で入った、山田君が見事にホームランを打ちました。さぁ最終回裏の守り!ピッチャー佐藤この回を守りきれるのか!」

すると、彼は役に入らずに颯爽とボールを投げた。

12球あったボールは10球を使い、見事に7枚の的を投げ得た。

「さぁ。残り2球。7と9が残っています。外内角低めってところですかね。」

永吉は大きく振りかぶり、綺麗なフォームで9の的に狙いを定め、投げ抜いた。

「おぉ!すごい!佐藤選手後一枚!バッターを追い込みました。この一枚を射抜けば勝利です!甲子園の切符が手に入ります」

私だけが役に入ったと思っていた。この男最後にセリフを残していた。

「最後の7番射抜いたら、俺と付き合ってくんね。がちで。」

クサイ言葉。けどこれは役に入っていない、永吉本来の言葉とわかった。

この言葉を境に私の頭の中が急に冴えた。7番。

これが私の頭の中を駆け巡ったのだ。

「あ。占い。」

今日の占いの事を思い出した。

ラッキーカラーは金・食べ物は豚キムチ・アイテムは鐘・ナンバーは7。

全てが繋がった。もしかして、この7番を射抜くと。。

これまで起きた偶然が私を高揚させていた。

しかし、私は彼の告白に最適解を出せるほど、理解に追いつくことは出来なかった。


「頑張れ!」小さく言った言葉に彼は頷いてボールを投げた。

大きく振りかぶり、腕はしなやかに、ボールは直線を描く。内角ドンピシャだ。

「え!!すごい!射抜いた!」私の声とは裏腹に、ボールは7番的を少しずれ、補強バーに当たってしまった。

二人に静寂の時間が流れた。

「佐藤選手。打ち取れず。願いは叶いませんでした」

どこか悲しげに言った彼に私は胸が締め付けられた。

私達は店を逃げるように外に出た。

占いの通り私達の関係は元には戻る事ができない。運命が変わったのだ。

二人とも出す言葉が見つからない。

「今日は帰ろうか!また遊ぼーよ。」

突然、永吉が言った言葉に違和感を感じた。

私の頭はまたニューロンが活発に動き出し。

頭を駆け巡ったのだ。

「ねぇ?永吉?今日ぽん太占いみた?」

「え。な、なんだよ突然」

明らかに動揺していてる。

「見たか聞いてるの?」

「はい。見ました。」

私は全て合点がいった。

中華屋の金王に行ったのも、豚キムチを注文したのも、神社に行って鐘鈴を鳴らしたのも、7番を最後に残したのも全て告白のための導線だったのだ。

気弱な彼は少しでも釣り合わない私に、運を味方につけようとしたのだ。


「そうか。偶然だと思っていたのは全て必然だったのだ。」

私はその瞬間に決心した。

運命的な出会いじゃなくていい。

小説はマニアックだし、つまらない事も言う、頭も良くないし、顔も普通だけど、私をこんな愚直に愛してくれ、私の中身を愛してくれているこの男性と結婚したいと。

「ねぇ。永吉!私の事をもう一回甲子園へ連れてってくれる?」

永吉のクサイ言葉が移った。

「は?」

彼には少し理解ができなかったらしい。

満点の星空がどこか眩しく見えた。

「大凶の空か。見当違いの予報も悪く無いね」

私達がお付き合いするのはもう少し後の話である。

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