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トロンボーン&チューバパートより「あと2日!」

みなさん、ごきげんよう。いつもオーケストラを上から見守っているトロンボーン・チューバパートです。
早速ですがみなさんは「Tacet」という言葉を知っているでしょうか。おそらく大半の方は見たことがないでしょうね。英語ではないし、お料理なんかで出てくる言葉でもない。しかしオーケストラのトロンボーン奏者なら知らない人はいないと言える言葉。「声や音を出さない」という意味がある。この言葉が出てこない楽曲でプログラムを組むとなると中々難しい。全ての楽章や組曲の中の楽曲に出番があることは殆ど無いのでその文字が出てきてしまうのだ。

トロンボーンはオーケストラに必要とされているのか、もちろん必要とされているのだろうが、他パートより出番が少なく簡単なパッセージが多いのに(トロンボーンが他の楽器に比べて特段難しいわけではないだろうに)、なぜか練習熱心である。ニッチな性癖すらそこには垣間見える気がする。譜読みに時間を割かなくても演奏できるので純粋な楽器の基礎技術の向上に邁進できる―なんと素晴らしいことではないか。オーケストラをするために練習しているというよりもトロンボーンを吹きたいがために練習しているのだ。
主役にはなれない楽器だけれども少ない出番の割によく目立つ。他の楽器の人が一生懸命演奏しているなか、悠々と楽器を構えていきなり頂点を作ってしまう、その姿はラスボスのようであり演奏している者としても悦に浸れる瞬間なのである。しかもあまりに大きい音を出してしまうと音楽を破壊してしまうので大抵の場合余力を残している。
また案外弱い音も得意で聴こえるか聴こえないくらいの音でハーモニーを吹いているときもよくある。オーケストラに欠かせないという楽器ではないが、演奏会場が広がるにつれて楽器編成が巨大化していった歴史のなかで、後部からあらゆる音楽を時には「Tacet」という形で下支えする役割はトロンボーンにしか無いものと言えるだろう。
今回のプログラムは「Tacet」が少ない心優しいものですが、休憩中も気を抜かず音楽作りに貢献していきたいと思うのでそんな健気なトロンボーン・チューバパートを優しく見守ってください。

リア王序曲
この曲の見所は緩徐部のコラールと、曲の中ほどに登場するチューバの旋律でしょう。コラールはホルンと共に演奏するのですが、その低音部を受け持つのがトロンボーンです。和声楽器としての特色が存分に活かされてます。その後の部分でも要所要所で輝かしい音を聴かせてくれることでしょう。
中間部のチューバの旋律は非常に音が高く、この楽曲を演奏するにあたってF管のチューバを購入しました。(新大久保まで行ってきました…)冒頭の低弦の重々しい主題が軽快に形を変えて縦横無尽に駆け回ります。普段使っているチューバとは異なる明るい音色にご注目ください。

綺想曲第2番
全曲を通して楽しげな雰囲気が漂うこの曲ですが、中間部にはトロンボーンのソロがあります。ブルース調のやわらかなメロディーはまさにトロンボーンにうってつけです。
アレグロの部分ではダンスビートをセクション全体で作り上げています。音楽のグルーヴ感を作り上げるトロンボーンをお聴きください。

三角帽子
この曲はなんと第2組曲の3曲目である「終幕の踊り」まで出番がありません。しかし「終幕の踊り」では楽器をゆっくり降ろしている暇が無いほど出番があります。
この曲で活躍するのは何と言ってもバス・トロンボーンでしょう。曲の随所に登場するG音ではバストロのかっこいい音が聞こえるはずです。曲の最後にはトロンボーンがアルペジオを高らかに鳴らします。賑やかな大団円を締めるに相応しい雄壮な音に注目です。またミュートを付けるなど短い曲ながらさまざまな音色の変化を楽しめることでしょう。

ラフマニノフ
この曲の特徴はハーモニーで歌わせてくれるところでしょうか。今回の演奏会の他のプログラムでは比較的伸ばしが少ないのですが、この曲ではセクションとしての柔らかい響きを堪能できると思います。どこからともなく聴こえてくる和音がラフマニフのロマンティックな旋律にふくよかな陰影を与えます。各楽章で現れる金管全体によるグレゴリオ聖歌『怒りの日』を元にしたコラールにはロシア的な荘厳さを感じられることでしょう。
チューバの使い方もこの曲の特筆すべき点といえるでしょう。トロンボーンより出番が多いのはもとより、冒頭のフレーズはまさに涙を誘うもの。チューバが一旦抜ける箇所があるのですが、アウフタクトで再び戻ってきたその四分音符は憂愁の奔流となって心に流れ込んできます。3楽章の中間部に低音が転調を繰り返しながら四分音符で下降する箇所も、水が染み込むように感動が広がっていくようで非常に美しい。臨時記号は心の揺らめきであるが、水面に飛び交う秋の陽光のようになぜか暖かい。この他にもチューバの動きは涙を誘うものばかりできっと心の深層から見知らぬ、しかし懐かしいものが湧き出てくるのではないでしょうか。

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