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ルールを守らない人は人を殺すと思う話

とても極端な話です。
そして猟奇的な、いわゆるグロい話でもないので悪しからず…。

はじめに

なんだか刺激的なタイトルにしてしまいましたが、これは私自身の考え方のお話です。

良いところでも悪いところでもあると思うのですが、私は決められたルールはきちんと守りたい性分なのです。

エゴもあります。
自分だって守れていないルールはいくつもあるとも思います。

ただ、多くの人が常識・ルールと認識している物事を守れない(守らない?)事ができてしまう人は、きっといざとなったら人をも殺めることをも出来る人なのだと思ってしまう。

そういうお話です。

本題

私の言うルールというのは先ほども申し上げたように、社会の常識と捉えている人の方が多い決め事や、あらゆるまとまりの中でのルールのことです。

例えば、「ここにゴミを捨ててはいけない」とか、「従業員は従業員専用の駐車場を使う」とか、「禁煙の場所ではたばこを吸わない」とか。

そんな小さいこと、と思う人が多いはずです。きっと。
ただ、私の中ではこれが全てというか、事柄が小さければ小さいほど、その人の根源にある理性の限界が見えるように思えてしまうのです。

どういう事かと言うと、選択を迫られて、ルールを守らない方を選べてしまうということに恐怖に近い感情を覚えるんです。

一般的かどうかはわかりませんが、普通は怒りとか、淘汰しようとするとか、そっちなのかも知れません。が、私の場合は怖いんです。

だって、知らない訳はないんですよ。そのルールを。

ある決まりについて、守るか守らないかの二択を迫られたとして
いろいろな判断材料はあれど、「守らなくていい」という選択ができるんです。そこには、決まりやルールが確実に存在するのに。

さっきの「ゴミ捨て」の例でいうと、ここにゴミを捨ててはいけないのは、きっと分かりますよね。だってゴミ箱もなければ、ゴミ捨て場でもないんだから。だからここにはゴミを捨ててはいけないんだから。

でも、その状況で「捨てない」「捨ててしまう」か、という選択肢が出てきて、「まあいっか」なのか何なのか何らかの理由が付いて、一般的にしてはいけないとされている事ができてしまうんです。

小さな小さな事だけど、これもちゃんとルールに反していると思うんです。

そしてきっと、小さな事を守らなくなると、その少し大きなことも守らなくなる。そして、それより少し大きなものも…と言ったように。

果てには、もうそれはそれは憎らしい、腹の立つ相手がいたとして、殺すのか、殺さないのかの二択を迫られたとき

今までルールを守らない方を選択してきたように、何かしら判断を付けて守らない方を選択できてしまう。そして理由をこしらえて人を殺す事ができてしまう。

と思うんです。

だから、普段生活していて事柄の大小に関わらず、決まりを守らない人に対して、恐怖に近い嫌悪感を覚えてしまうんです。

そして、私の視点だとこういう人ってすごく多いように思えていて。
自分で自分に人付き合いにおける枷を掛けまくっているな…と思うばかりです。

なかなか生きづらいものです。くだらなくて想像するの気にもなれないと思うので、そのままで構いません。共感してくれる方がいればそれは何より幸せな事です。

終わりに

理性のリミッターはあらゆる場面から外す事ができるし、皆さんも私も徐々に緩まっている可能性があると思うのです。

理性的に人を殺めたりルールを犯す人も中にはいますが、そんな人を包括して話すほど啓発的な視点は持ち合わせておりません。
あくまで身近で日常的なシーンを想像しています。

だから、決められたルールはできるだけ守っていこうと思うんです。

未来の私が人を殺さないために。

すんごい生きづらいけど、結構大切な価値かもしれないと思っています。

時に、ちゃんと自分自身が決められた事を守れているか確認しながら生活する日々です。

そういえば、ゴミ捨ての日は明日なのに、アパートのゴミ捨て場にもうゴミ袋がいくつかあったな。





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