2019大学祭配布冊子「図書館でSFが読みたい!」(20) 6.広島大学図書館ではこれを読め!(1/2 厳選10作品紹介)
注意:この記事の情報は2020年4月末時点のものです。また、半分個人の備忘録的な内容であるため、あらすじや紹介を見て興味を持っただけの未読作品も含まれています。
この冊子で取り上げた作品はどれもおすすめですが、特におすすめの10作品を紹介します。
1.『華竜の宮』(上田早夕里)
所蔵場所:西図書館2階・開架 913.6/U-32
いわゆる狭義のハードSF(科学的要素を深く考察した作品)かつ21世紀に出た日本SF(簡単に言えば"いわゆるSF"な作品)で広島大学図書館に入っているものの中では一番おすすめ。地球規模の地殻変動というテーマでは過去に小松左京が『日本沈没』という超名作を書いていますが、この作品はそのテーマがうまく現代にアップデートされており、「魚舟」など独特な生物との関わりも興味深いです。主題の地球環境と生物進化の他にも、AIや遺伝子改変、サイバー空間、社会制度、民俗学などどこを中心にとってもそれだけで一つ小説が書けるほど内容が詰まっています。著者によるとまだまだ書いていない内容があるようなので今後のシリーズ展開に注目です(現在は短編いくつかと長編の続編1冊が刊行)。
2.『本にだって雄と雌があります』(小田雅久仁)
所蔵場所:西図書館2階・小型 913.6/O-17
本って勝手に増えるものです。気がつけば本棚が埋まり床を侵食して部屋を圧迫するありさま。やはり繁殖しているとしか思えない、と本棚をじっと観察するもそんなときに限って本は増えない。本って恥ずかしがり屋なんだろうか…。と、そんな妄想を小説にしちゃった(多分)のがこの作品。本と本との間に生まれる「幻書」を巡る三世代に渡るクロニクルです。ちなみに冒頭でサルトル『嘔吐・壁』とエンデ『はてしない物語』の間に生まれたのがその名も『はてしなく壁に嘔吐する物語』。しかも読もうとすると勝手に飛び回って捕まえないといけない。設定だけでもう面白いですが、内容も地口(ダジャレ)やホラが利いており裏切らない面白さ。これほど読んで本が好きで良かったと思える小説はなかなかありません。この本を手に入れれば、また一冊本が増えること間違いなしです。
3.『鼓笛隊の襲来』(三崎亜記)
所蔵場所:西図書館2階・開架 913.6/Mi-51
いわゆる(SFではない)一般小説からも一つ紹介します。といっても、この作家はスリップストリーム系(伴流文学・変流文学・境界解体文学 by Wikipedia)の作品を多く書いていて、この小説もその例にもれない作品です。
表題作は赤道上に発生した戦後最大規模の"鼓笛隊"が列島を襲う話。あの日常から非日常に変わるときの高揚感と恐れが見事に書かれています。他にも「覆面社員」「突起型選択装置(ボタン)」「遠距離・恋愛」など面白いアイデアの作品が多く収録されています。SFはこの時すでに読んでいたものの(小松左京とか星新一とか)、最初に彼の作品(たしか『刻まれない明日』でした)を読んだ時はとにかく訳が分からなくて謎の震えが走った思い出があります。今になって思えば、それはまさに"センス・オブ・ワンダー"だったのでしょう。あの時もっと他の作品も読んでおけばよかったと後悔しています。
4.『地球星人』(村田沙耶香)
所蔵場所:西図書館2階・開架 913.6/Mu-59
純文学からも1冊。この本をSFとしておすすめするなんてこいつは色んな意味で本気か?と思われそうですが本気です。ジェンダーや社会の在り方は昔からSFで書かれてきており、例えば『闇の左手』や『すばらしい新世界』など名作もたくさんあります。この作品もそんな名作たちのように社会的な視点で読むこともできますが、個人的には多分主題である「社会での生きづらさ」を書いた作品というよりは単純に「面白い」作品として読んだというのが正直なところ。もしこれを「聖書」だと感じている方がいたら申し訳ありません。でも風潮として「想定読者以外の対象が読むことへの忌避感」という暗黙のなにかが漂っているような気がしますが(端的に言ってしまえば少女小説とか)、個人的には「面白い作品を読みたい!」という欲求の前にはそんな下らない思い込みは無意味だと思っているので、これか……おっと自分語りが過ぎました。とにかく面白い作品です。ちなみに三島由紀夫の『美しい星』も合わせて読んでみると面白いと思います。理由は内緒。
5.『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』(ケン・リュウ(選))
所蔵場所:西図書館2階・開架 923.78/R-98
この作品は現代中国SFのアンソロジーで、英訳されたものがさらに和訳されて収録されています。日本人作家の日本語で刊行された作品は当然ながら最新作を読むことができるのですが、外国作品を日本語で読もうとすれば翻訳によってある程度タイムラグがあり、さらに非英語圏の作品となればそもそも翻訳の機会がないこともあるようです。そんな中で刊行されたこの本によって、(日本国内では)貴重な現代中国SFの一端を知ることができたと思います。
収録されている作品の中で特に気に入ったものは劉慈欣の「円」という短篇。人動コンピュータを作る話ですが、作中の出てくる手旗信号によって計算させる描写は実際に見てみたい(というか実験してみたい)と感じます。「円」は日本語には未訳の長編『三体』の一部分らしいので是非本編を読んでみたいと思っています。と思っていたら、ついに2019年夏に劉慈欣の『三体』本篇が和訳されはじめました!中国SFの今後には注目です。
6.『虚数』(スタニスワフ・レム)
所蔵場所:中央図書館 989.83/L-54
SFとはやはり発想だと思わされる作品です。この書籍に収録されているのは小説ではなく架空の書物の序文や講義録で、その内容もバクテリアを利用した未来予知の研究書や人間の手に寄らない新しい文学「ビット文学」の研究書などの序文、未来の「完全な」百科事典のパンフレット、人智を超えたコンピュータによる人間への講義録などで、まさに“人智を超える”という称号に最も近い作品です。どんなに難しくても、とにかく奇妙なものが読みたい方におすすめ。ちなみにこの作品によって小説以外の芸術作品や評論などもこの紹介に入れようと思いつきました。
7.『モモ』(ミヒャエル・エンデ)
所蔵場所:西図書館2階・開架 943/E-59
皆さん、時間を有意義に使っていますか?いつの間にか時間に追われながら「したいことがあったのにとうとうできなかった……」ということはありませんか?それはもしかして時間泥棒に時間を盗まれているのかもしれません。そんな時間泥棒が出てくるこの作品は「時間」をテーマにしたファンタジーですが、一種のディストピアのようなSF的な話でもあります。時間の流れというものは人間の感覚からすると相対的なものだということを、この作品では時間を定量化することで気づかせてくれます。もしかしてこの『モモ』は幼い時に読んだことがあるという方がいるかもしれませんが、今読んでも時間の無駄にはならないでしょう。てきぱきすべき事をこなして、空いた時間で本を読む有意義な生活を送りたいものです(自省します)。
8.『宇宙倫理学』(伊勢田哲治,神崎宣次,呉羽真(編))
所蔵場所:西図書館2階・開架 538.9/I-69
来たるべき宇宙進出に備えるための1冊。スペースシャトルの事故や望遠鏡建設に対する反対運動などの「ショートレンジの問題」から、テラフォーミングやファーストコンタクトや果ては人類絶滅についての「ロングレンジの問題」まで、人類が宇宙に進出していく中で直面する(既にしている)様々な問題を倫理学の立場から考察する内容です。個人的には原子力技術の二の舞にならないためにも倫理面でのしっかりとした議論が必要だと思うので興味深く読みました。ただし、オチがある小説と違って明確な結論はない(結論を出すことを目的にはしていない)ため、専門外の読者にとってはこの書籍自体をSF的に読むというよりはこれらの内容をもとに自分なりの結論を考えたり、小説やその他創作の際のネタ元として有用でしょうか。
9.『精霊の箱』(川添愛)
所蔵場所:東図書館開架 007.1/Ka-98/上,下
前作『白と黒のとびら』の続きの話となります。結城浩の『数学ガールシリーズ』と並ぶ数学小説の双峰の一つですが、『数学ガール』は登場人物に数学を語らせる青春小説であるのに対し、『精霊の箱』は世界の構造にオートマトンを置いたファンタジーとなっています。『数学ガール』はどちらかといえば"教科書"的であるのでこちらのほうがより"小説"っぽいといえるかもしれません。そのためこちらをSF読者にはおすすめします。
しかし、ファンタジーでオートマトンやチューリングマシンを取り上げて、さらにコンピュータの構造やRSA暗号まで話が進むとは思ってもおらず驚きました。この後に出版された『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』と『自動人形の城』は数学からすこし離れ言語学的な内容になっています。最近は会話するロボットやスマートスピーカーが話題になっていますが、これらに興味のあるならこちらもおすすめです。
10.『実験する小説たち 物語るとは別の仕方で』(木原善彦)
所蔵場所:西図書館開架 902.3/Ki-17
小説を読み始めたころは、作中に手紙の部分が挿入されていたりライトノベルなどで文字の大きさが変わっている部分があったりしただけで「この小説は変わってるなぁ」と思ったものですが、この作品はそんなレベルではない、実験的手法によって書かれた"前衛的"な作品のガイドです。使われている手法も注釈の使い方、リポグラム、メタフィクション、パロディ、人称の問題、読む順番、書籍の形態など様々。主に海外作品について書かれており、SFにみられる手法とも関係する章もある(例えば円城塔は一章分取って取り上げられている)ので、知見を増やすためにも読んでみると面白いと思います。
実験小説を書いているSF系の日本人作家では、筒井康隆、円城塔、浅暮三文などの作品が広島大学図書館に入っています。一番おすすめは、いまのところ円城塔の『これはペンです』。
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