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(第18回) 子どもの肝臓のサイズを決める!小児生体肝移植の話 前編

前回の論文紹介では、僕が大学院生だったころに行った、動物実験の研究を紹介しました。
大学院生の間って、無給でバイトとかしながら自分の研究に打ち込んで論文を作成する…というイメージですが、
僕の場合は少し違いました。

僕の立場は「医員・大学院生」
人手が足りないこととかもあって無理やり作られた感のある制度ですが、医員として(医者として)働くことも可能な大学院生でした。
なので、給料が出る(大学なのでやっすいですが)というとても嬉しいメリットがある反面、1年目は全く研究はせずに臨床医として働きながら夜間に授業を受ける日々でした。めっちゃ大変で体調崩しました。
2年目からは前回の論文紹介のようにネズミさんの小腸移植手術を行いながら研究をしていたわけですが、完全に臨床をしないわけではありません。
当直だってしますし、移植グループの一員なので、肝臓移植などがあるときには朝から晩までずっとお手伝いです。

月1回くらいの頻度で小児の肝移植に携わり、主に補助的なお仕事をしていきます。
子どもにそんなにいっぱい肝移植をするの!?と思うかもしれません。
少し小児の肝移植の話をしましょう。

肝移植という手術は、簡単に言うと「肝臓がダメになったから取り換える」という手術です。
肝臓は人体の中でも最大の腹腔内臓器でして、珍しく再生能力があります。
ちょきっと切って半分くらいになっても、またむくむくと大きくなって、前と同じくらいのサイズになります。
でも、そんな強い肝臓でも「もう元には戻らない…」というくらいまでダメージを負ってしまうことがあります。
成人ではその原因として、C型肝炎などが原因となって起こる肝硬変や、肝臓がん。肝炎(ウイルスや自己免疫性)、アルコールなどによる肝障害などなど、様々なものがあります。
小児は成人と違って「後天的な原因」が少ない代わりに、「生まれつきの疾患」がありますので、肝移植を必要とする疾患の種類自体はものすごくたくさんあります。
しかし!そのほとんどはとてもレアな病気です。
なので、小児で肝移植を必要とする病気のほとんど(8割近く)は、胆道閉鎖症という病気です。

胆道閉鎖症という病気は、1万人に1人の子どもが発症する原因不明の疾患です。
肝臓で作られた胆汁は、通常胆のうに貯められ、総胆管を通って十二指腸へと排出されますが、この通り道がまるで木が枯れるように萎縮してしまう病気で、必ず生後早期に発症します
どんな感じになるかというと、黄疸が強く出て、ウンチの色が白くなります。


胆道閉鎖症の児のウンチ

胆汁には「ビリルビン」が含まれており、これが腸管の中で修飾されて色がつき、緑色~茶色になっていくので、胆汁が出ないと色がどんどん薄くなるんですね。

じゃあ、赤ちゃんみんな便の色のチェックをすればいいじゃん!ということで、20年前くらいから広まってきたのがコレ


便色カラーカード

多くの小児科医や小児外科医の訴えが通って、この便色カラーカードが母子手帳に入るようになり、更に最初は「付録」に挿入されていたのが、今ではほとんどの自治体の母子手帳で、1か月健診のところに挿入されるようになったことから、きちんと発見されることが多くなってきました。
早めに発見されないと、ビタミンKが吸収されないせいで頭蓋内出血で片麻痺の後遺症を来たしたりして大変なんですよ…。

この胆道閉鎖症。
放っておくと100%が1才前後で死亡します。
手術中の写真を示しますが…



あ、いつもながら、この下に手術中の写真が出ますので、そういうのが苦手な方は見ないようにしましょう。




術中写真

まだ1か月の赤ちゃんなのに、肝臓は色調が悪く、肝硬変が進みつつあります。
胆のうや胆管は萎縮していて、胆汁の出口がありません。
しかしここに、画期的な手術が登場しました。
発表したのは、日本人の葛西先生です。
しっかりとした胆管のない部分ではありますが、広く肝門部をはがし、腸管を貼り付けてあげると胆汁が流れて出てくることを報告したのです(肝門部空腸吻合術)。
今ではこの手術法はKasai手術と言われ、全世界で行われています。

しかし、このKasai手術も完ぺきではありません。
約30%で胆汁がきちんと流れません。
自分の肝臓で10年間生きることができるのは70%ほど。
その後も肝硬変が進んだり、胆管炎を繰り返したりで、更に30~40%ほどの患者さんが自分の肝臓で生きることはできないのです。
すると、命を救うためには肝臓を移植するしかない…ということになります。
肝移植には脳死肝移植と生体肝移植がありますが、日本では生体肝移植が多く行われています。

さあ、いつもながら前置きがとっても長くなってしましましたが、ここからが本題です。
「どのくらいの大きさの肝臓を移植すればいいの?」という問題です。
もちろん、適当ではダメです。
赤ちゃんの小さな体に大きすぎる肝臓は入りませんし、逆に小さすぎると十分に機能しません。

医学的には、大きすぎる肝臓が入ったせいで起こる問題を
Large for size syndrome
肝臓が小さすぎる問題を
Small for size syndrome
と言います。たいていは小さいほうが大変です。

じゃあ、何を基準にこの「大きすぎる」「小さすぎる」を決めたらいいのでしょう?
基準となる数値が2つあります。
①GRWRと、②GV/SLVです。
①GRWRというのは、Graft recipient weight ratioの略で、
移植する肝臓の重さ(グラフト重量)を移植を受ける子(レシピエント)の体重(kg)で割って、100倍した数値です。体重だけで見ているのがミソです。
②GV/SLVは、Graft volumeとStandard liver volumeの比です。
移植する肝臓のサイズ(GV)が、その子の標準的な肝臓のサイズ(SLV)と比べてどうかというのをみます。うーん。分かりやすい。
でも、標準的な肝臓のサイズ(SLV)ってどうやって計算するのよ?という問題があります。

あ、突然横文字が多くなってますけど、みなさんついてきてますか?

標準的な肝臓のサイズ(SLV)には、計算式というものがあるのです。
SLV(ml)=706.2×BSA(体表面積)m2+2.4
これは、1995年にUeharaらが成人65人、小児31人のCT画像を検討して計算した式でした。
しかしこの時代はまだCTのスライス(見える幅)は8~10mmと分厚く(2024年現在では3-5mmスライスが普通で、時に0.5mmスライスでみます)、しかも小児の数が少ない!
これでは、胆道閉鎖症の赤ちゃんの約3割で必要な、乳児期の手術にちゃんと使えるのか…?という疑問がありました。

そこで僕は、小児に特化した標準的な肝臓のサイズ(SLV)の計算式を作ろう!と思い、研究を開始したのでした。(院内倫理委員会 審査番号九州大学病院 22–54)
大学病院なので、CTを撮影した子供たちのデータは大量にあります。
1年と1か月だけで、100人のデータが集まりました。

さて、ここからが大変なお仕事です。
塗り絵ターイム。

AZE社製 Virtual Place Advance 300というソフトを使用し、3mmスライスで撮影されたCTの肝臓の部分だけを抽出し、塗り絵していきます。
勝手にある程度は抽出してくれますが、そんなに正確でもないので、基本的には手仕事(マウス)で塗ったり消したりして調整します。


こんな感じ(1スライス)

そしてこれを全スライス(!)行い、積み重ねると…!!


3D肝臓完成!

あ、言っておきますがこの研究は2010年ですからね。
今ではもっといいソフトあると思いますよ。
でもね、この時はこれが限界だったんですよ。
これを100人ね。ハイハイ。
1人作るのに今かかった時間が…2時間かぁ。おぇ(吐)

よくやったなぁ。自分。
前回の動物実験といい、なんか僕はよくこういう「ひたすら仕事」をしていますが、決して好きなわけではないんですよ。

後編に続きます。

本研究内容補足事項
<論文>
Saeki I et al. A formula for determining the standard liver volume in children: A special reference for neonates and infants. Pediatr Transplant 2012 16(3): 244-9.
<学会発表>
第28回日本肝移植研究会
第46回移植学会
第47回日本小児外科学会
<院内倫理委員会>
九州大学病院 (number 22–54)


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