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野放しの犬は、怖い。

別に比喩とかではなく、本当の犬のことである。人のことでは無い。そういう種類の犬も怖いと言えば怖いが、今回はそうじゃない。

ここで言う犬とは、首輪が付いておらず、且つ周りに飼い主がいない状態の犬のことである。

それは野良犬ではないかと思う方もおられるだろう。

しかし今回話す犬は、まごう事なき野放しの犬である。


大学生の頃の話だ。

友人と私は大学から最寄駅まで歩いていた。

その時私たちは、何故ゼミのU先輩の着ているシャツがいつも濡れているのかと言う議論を白熱させていた。

飲み物を飲む度に口から溢すのか、それともトイレで手を洗う際に特殊な方法で洗っているのではと二人でけんけんがくがくの論争をしていると、目の前から突然社会人風の女の人が走ってきた。

もう少しでぶつかると言うところで、私はギリギリ身を翻し衝突を避けた。しかし女性は何も言わずそのまま立ち去ってしまった。

何なのだ一体と私が憤慨していると、隣にいる友人が私の肩を叩いた。

「犬がいる」

あぁ?犬ぐらい何処にでもいるだろうが。何だったら私もお前も広義の意味では社会の犬だわ!と私は友人に息巻いたが、道の先に目を移すと何故わざわざ友人がそんなことを言ったのか理解した。

犬がいる。

道の先の方にある自販機近くにチワワが一匹ウロウロしている。

首輪は付いているが、紐は付いていない。

しかも周りには飼い主らしき人もいない。

現代において、野良犬と言うのはあまり見かける存在ではないだろう。ましてや都市部では皆無に違いない。

どう言う経緯でそうなったか分からないが、あれは野放し状態の犬だ。

時は夕暮れ時、会社を終えて帰宅する疲れた顔の企業戦士も多く、チワワのいる道もそれなりに人の往来はある。

そんな人々に対しチワワは突然近づいては吠え、突然近づいては吠えを繰り返している。

チワワの側を通る人達はその一挙一動に翻弄され、奇妙な悲鳴をあげたり、その場で急激なツイストを繰り出していた。

さっき走って行った女の人はこれが原因か。


ともかく私と友人はこのままチワワのいる道を進むか話し合った。

結果として私たちはチワワのいる道を進むことにした。

別の道を使っても駅に行くことはできるが、かなりの遠回りになってしまう。

それに綱のついていない犬と言ってもチワワだし、別に怖く無いだろと言うのが結論だった。むしろ通る人々が何であんなに怖がっているのかが謎だった。

チワワだよ?と。

そんな浅はかな考えだった過去の私を殴ってやりたい。

私は余裕たっぷりに悠然とチワワの側に近づいた。

チワワはそっぽを向いている。

私はこのまま行けるか?と思った。

そんな事を思っているとチワワは急に体をターンして私に近づき、案の定物凄い形相で吠えて始めたのだ。


私は精神が恐慌状況になると体が固まってしまう。お化け屋敷のおばけにビビりすぎて動けなくなり、おばけ役の人にすごい謝られた経験がある。

チワワに吠えられた私はまさしくその状態になっていた。体が固まって動かない。

それでも尚チワワは私に吠えてくる。こちらを自分より低い存在と認識したのか、他の道行く人には目もくれない。

と言うか助けてくれよ、誰か。おい目を伏せるな、せめて警察とか呼んでくれ。というか私は何で最初から警察呼ばなかったんだ。確か近くに交番あっただろ。そもそも時間を惜しんでこの道を選んだ私が馬鹿だった。命に変えられるものなんてないと言うのに。もうチワワ、噛みますって顔してるよ。狂犬病?とか怖いわ、知らんけど。

そんなことを普段使わない脳味噌の中でバターになるまで回転させていると彫像のように固まっている私の後ろから犬の鳴き声がした。


かろうじて首だけ後ろを振り向くと、そこには鬼の形相で犬の鳴き真似する友人の姿があった。


ボクサーのような構えをして、チワワに向かって吠えている。友人のその行動に感動すると同時に、何故?と言う感情がないまぜになり私の精神はさらに混沌としたものになっていた。

友人はかなり大人しい性格で、普段出す声もかなり小さい。ファミレスや居酒屋で店員を呼んでも十中八九その声は聞こえず、その度に一期消沈している。

その友人が、チワワに物凄い吠えている。

対してチワワは標的を私から友人に変え、より一層甲高い声で吠え始めた。

友人も負けじとそれより大きく低い声で吠え始める。後で聞いた話によれば土佐犬などの大型犬をイメージしたとのことだった。


長時間の戦い(私の体感では無限の時が流れていた)の中、段々とチワワが目に見えて怯えた表情になっていった。

後一息だと私が思った時、二人組の警察が走ってきた。

それと同時に何かを察知したのかチワワが警官とは逆方向に駆け出していった。

勝った、と思った。

チワワが走り去った後も吠え続ける友人に、私は泣きながら友人を抱きしめてひたすらお礼を言ったいた。

その後、私達は駆けつけた警察に交番まで連れて行かれた。


は?


警察曰く、女が道端で大声で騒いでいると通報があったそうだ。

いや、犬を通報しろよ。

何で私を助けるために必死になって大型犬の真似をした友人が通報されなきゃならんのだ。罰するべきはチワワとその飼い主だろうが。

憤慨した私は友人が真似た大型犬以上に吠えまくり、それに屈した、あるいは面倒に思ったのか警察の取調べ?は思ったより早く終わった。

その日私は駅前にあるシェーキーズで友人にピザを奢った。そして先程の勇姿を讃えまくった。讃えすぎて、終盤新興宗教にハマった信者みたいになってしまい店員さんに注意された。

大学を卒業し社会人になった今も、その友人と会うたびにこの話をする。もういいと言われるが、半ば一方的に私は喋りまくっている。


散歩している犬を見ると、あのチワワはどこに行ったのだろう?とふと思出だすことがある。

確かにあのチワワは怖かったが、結局は飼っている人間が悪いのでチワワに罪はない。駆けていった道の先で幸せになっていて欲しい。と言う取っ手付けたような薄っぺらい感想でこの話を締めておく。

あと犬の放し飼いはやめよう!



覚え書き

小学生の頃、公園で泣きなが柴犬に吠えながら追い回されるIくんを私は笑っていたが、ごめんIくん、今なら君の気持ちが分かる。あれは怖いわ。




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