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 短編小説  追跡~その2~

前回のあらすじ
出張で訪れた四国の港町。
寂れた商店街の片隅の小さな割烹に入った僕は、そこの主人と女将と話し込む・・・・。

「へぇえ・・・。嵐山のあたりですか?どの辺でしょ?」
 女将はおやじの顔を見た。
 「えぇと、なんて言いましたっけねぇ。あの・・・電車が走ってますでしょ?ちっちゃな、1両か2両編成の・・・」
 「ああ、嵐電のことですね?」
 「そうそう、らんでん、らんでん」おやじが嬉しそうに相好を崩した。
 「その嵐電のね、終点じゃなくてそのひとつ前の駅の近所に住んでたんでございますよ」
 「はぁぁ、嵯峨駅前ですね。今は嵐電嵯峨とか名前が変わってるはずですけど」
 「そうそう、きっとそんな名前・・・」
 「娘はね、あのへんの美術学校に通ってたんですよ」おやじが懐かしそうな目付きで、顔を上げて宙を見た。
 「あ、そうなんや!嵯峨美ね。嵯峨美に行ってはったんですか・・・?」
 「そうそう、サガビ、サガビ」

 渡月橋の北の袂から大きく蛇行する桂川の堤のそばに芸術専門の大学がある。この店の娘さんはどうやらそこに通っていたらしい。
 「へぇえ、それで娘さん、どこらへんに住んでらっしゃったんですか?あの、嵯峨駅前の駅の北側、つまりその、JRの嵯峨嵐山駅の方ですか?」
 「いえ・・・。反対側ですね。たぶん」おやじは遠い目をして呟いた。
 「もうだいぶ経つもんね。あれから・・・」女将が言い添えた。
 「じゃ、南側だ。少し行くと道が二股に分かれてるでしょ。桂川の堤にすぐ出ちゃう道と、東の方に折れて鹿王院の方にいく道と」
 「そう、でしたっけねぇ・・・」
 「そうよお父さん。左のほうの道よ。川には出ない方の道。ね、お客さん?」
 「ええ、確かに桂川に出るのは右側の道ですね」女将の華やいだ声につられて思わず僕の頬も弛んだ。
 「そうそう、その左側の道から少し入ったところのアパートにね、住んでたんですよ。私どもの娘は」
 「そうですかぁ・・・。じゃ、北堀町のあたりだ」
 「お客さん、ホントお詳しいですね」
 「ええまあ。家はそこから歩いて15分くらいのところですからね。同級生もいっぱい住んでます。あのへんには」

 僕たちはひとしきりそのあたり、つまりは嵐山の渡月橋から徒歩で10分そこそこの、けれど観光客はほとんど足を踏み入れないエリアのローカルばなしに花を咲かせた。
 「で、娘さんは今は、こちらに帰ってらっしゃるんですか?」
 「ええ、そうなんです。卒業して何年かは京都市内のデザイン事務所で働いてたんですけど、2-3年前からこっちに戻って来て」おやじは嬉しそうである。
 「今はね、お客さんがさっき通ってこられた商店街の中にある、街並み保存館で働いてるんでございますよ」
 「街並み保存館?」
 「ええ、商店街の中ほどの、黄色っぽいレンガの建物なんですけどね。昔は醤油を作って売ってたんですよ、そこで」
 「へえぇ・・・」
 「そこでね、受付嬢をやってるんです。今は」
 「ああそうなんや・・・。明日、仕事終わったら行ってみようかな・・・」
 「それはもう、是非とも」夫婦は揃って相好を崩した。

 女将から街並み保存館の場所を詳しく聞いている間に、おやじがどこからか写真を出してきた。
 女将と一緒に若い娘さんが写っている。目鼻立ちがそっくりで、かなりの美人だ。
 「へぇえ・・・。美人がふたり写ってるじゃないですか!」
 「やめてくださいよ!お客さま」女将が照れて、でもまんざらでもなさそうに僕の背中を軽く叩いた。
 その時、僕は気づいた。この母娘が誰に似ているかに。

(次回に続く)

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