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短編恋愛小説w「群青色の記憶」


私は物思いに耽りながら、パソコンの画面をトロンとした気分で眺めていた。トロントといっても、カナダのトロントではない。トロンとした気分とは、人肌のぬるま湯に浸かって春先の桜をボンヤリ眺めているような何とも言えないゆらゆらとしてハッキリしない気分、ということだ。
 エアコンの風は、恍惚としたこの時間にひんやりと穏やかでやさしい感触を、私の身体に当てていた。
 パソコンの画面には、群青色の水着を着た若い娘が臀部をこちらに向けたまま振り返っていた。 
 私は、妻の若い頃を思い出していた。
 あのころ妻は、夏の海でこのパソコンの娘と同じように濃い海のような色をした水着を着て、私の前でその群青色の布に包まれたはち切れんばかりの果実を振ってみせたものだ。
 私は、女性は果実の塊だと思ったものである。

「キモッ」

何これ、と長女のケイコが言って顔をしかめた。

「ああ、それは見ちゃいかん!」

「もう見たわよ」

「何書いてるの、お父さん」と私はケイコに少しの強めの口調で言われて、あたふたと狼狽えた。

私は、机の上に出しっぱなしにしていた小説の原稿を読まれてしまったのだ。

「小説だよ」

私は気恥ずかしい思いを振り払うように言った。

「小説? キモ過ぎなんだけど」

ケイコが、私の部屋に入ってくるとは思っていなかった。旦那のカズノリ君と孫のショータが二人で釣り旅行に行ってるとかで、ケイコは暇で帰ってきてるのだ。

「お母さんは知ってるの?」

「いや」

「もう、恥ずかしいから、エロ小説とか書くのやめてよね!」

「エロ小説じゃない、恋愛小説、、」

ケイコは、私が30代のときに生まれた子だ。一人っ子なので、目の中に入れても痛くないほど可愛がって育てたが、いつのころからか妻ととても仲良くなり私をからかうようになった。

今は結婚して旦那と高校生の息子とで隣町に暮らしている。

「お母さんには言わないでくれ」

「えーどうしよっかなあ」

「たのむ」

「んーじゃあ、続きを読ませてくれたら言わないよ」

「ええ?」

「イヤならお父さんがエロ小説を書いてるの、お母さんに言っちゃうから」

「わ、わかった。い、いや恋愛小説」

もう書き終わってるの?とケイコが聞くから、私は「い、いや」と答えた。

パラパラと原稿をめくってみてケイコは「けっこう書いてんじゃん」と面白そうに言った。


 サユリは、勤め先の事務職をしていた。サユリは髪を短く切りそろえていて、いつもハツラツとした動作で弾むように動いた。クルクルとリスのように変わる表情や、前髪を揺らして楽しそうに笑う様子に私はいつの間にか惹かれ、ある日駐輪場で帰りが一緒になったことがキッカケで仲良くなった。
 そのうち休日に映画などにも行くようになり、私とサユリの距離は徐々に縮まっていった。

「サユリってお母さんのこと?」

「い、いやそうわけじゃ、、」

「お母さん、ユリコじゃん」

「それはまあたまたま、、」


 サユリは、少し酔っぱらったのか花のように頬を染めて、私の隣で上気した身体を揺すった。
 最初は仕事先の他愛ない話をしていたが、そのうちサユリは意味ありげに微笑みながら私に聞いた。

「ヨウスケさんは好きな人とかいるの?」

「僕ですか。いませんよ」

「恋人はいないの?」

「いませんよ」

サユリは私にしなだれかかってきた。短めのスカートから艶めかしい太ももが覗いている。

「サユリさん、大丈夫ですか。少し飲み過ぎでは」

「キモいよ、お父さん! キモ過ぎ!」

ケイコが気持ち悪そうな顔で私をからかうように言った。

パラパラと原稿をめくり、飛ばし飛ばし読んで「ヤッてんじゃん」と言ってキモッとまた呟いた。

「サユリの肌はまるで絹のようで、控えめに尖った胸の突起は私に早く弄ってほしくて桃色の主張をしていた、私は思わずその突起にむしゃぶりつき、、」

「読み上げるのはやめてくれ!」

「お父さん、キモ過ぎだよ。一体どうしたの、何のためにこんなの書いてるの?」

「雑誌の小説大賞に、、」

「エロ小説でも募集してるの?」

「恋愛小説、、」

「わたしからキモ小説大賞あげるから、もうやめなよ」

「ケイコーっ」と下から妻の声がする。

「ケイコーっ、ちょっとお買い物付き合ってちょうだいよー」

「わかったー、今いくー」

ケイコは一階の妻に向かって声を返した。

「ケイコ、このことは、」

「わかってるわよ、お母さんには言わないから。でもそんなの机の上に置きっぱなしにしないでよ。お母さんに見つかったら、わたしもなんか恥ずかしいわ」

ケイコは、原稿を雑なしぐさで机に置き、階段を降りていった。


「お母さん、知ってる? お父さんなんか変な小説書いてるみたいよ」

スーパーの帰り道に歩きながらケイコは、母親に言った。

「ああ、見たの? 知ってるわよ」

「あ、知ってたの」

「机の上に原稿用紙を思いっきり広げたままで、散歩に行ってるんだからね。イヤでも気が付くわよ」

「雑誌に送るらしいよ」

「もう、そんなことだろうと思ったわ」

「いいの?」

「いいのもなにも、あんなの選ばれるわけがないし、ほっとけばいいのよ」

「ふーん」

「お父さん、退職してから趣味も何もなくてボーッとしてたでしょ。このままボケるんじゃないかって心配してたのよ。なんでもやることがあるのはいいことだと思うようにしてるわ」

「キモくないの?」

「そりゃ気持ち悪いわよ」

ハハ、とケイコは笑った。

「小説って言ってるかもしれないけど、アレお父さんとお母さんのことなのよ」母親は歩きながら少し俯いて言った。

「やっぱり。バレバレだよね」

「気持ち悪いんだけど、読んだときなんかジーンとしちゃってね。お父さん、一生懸命だったなあって」

「へー」

「まあ、害はないんだしほっときなさいよ」

「はぁい」

ケイコにはうっかりバレてしまったが、私は引き続き小説を書き進めていた。

書けば書くほど、妻との色々なことが思い出されてくる。

夜中に会社の寮をこっそり抜け出して近くの公園で会ったこと。初めて妻の家に行って手料理を食べたこと。バイクで二人乗りして有名な湖にいったこと。そして夏の海でしたプロポーズ。声が震えて何度もドモってしまったこと。OKをもらった後号泣してしまったこと。泣かないでと背中をさすられたこと。


「サユリさん、僕と結婚してください」
私は力強くハッキリと言った。
 私の意思は固く鋼のような決意を持っていた。
 私はサユリさんを幸せにする。
「ハイ」
サユリは小さな声で返事をして、嬉しそうに笑いそして涙ぐんだ。
 私が微笑むと、サユリは安心したように泣き出した。涙は後から後から流れてくる。私はサユリの背中を優しくさすりながら
「幸せにするよ」
と言った。
 サユリはこくんと頷いてさらに泣き始めた。
 私は、可憐な花のようなサユリの身体を力強く抱きしめ、群青色の海を眺めていた。

ユリコは原稿を机に置き、

「まったく、お父さんたら、ウソばっかり」

と小さく呟いて、窓から見える夏の空を少し嬉しそうに見上げた。


おわり


※)一応恋愛小説のつもりで書いてみましたが、どうなんでしょうね。最後まで読んでくれた方ありがとうございます。
しかし暑い。暑いので暑いとしか書くことがないですねw スキ/フォローありがとうございます。励みになります。

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