お前らの山月記3
前々回
前回
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時に、残月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近づきを告げていた。佐川は再び続ける。
何故こんな運命になったか分らぬと、先刻は言ったが、しかし、思いあたることが全然ないでもない。人間であった時、ワシは努めて人との交わりを避けた。人々はワシを、倨傲だ、尊大だと言った。実は、それがしまむらの服しか持っていないからという羞恥心であったことを、人々は知らなかった。勿論、かつての地元で神童と言われた自分に、自尊心がなかったとは云わない。
しかし、それは臆病な自尊心とでも言うべきものであった。ワシは同人誌によって名を成そうと思いながら、進んで絵師に師事したり、求めてpixivに投稿して友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、ワシは俗物の間に伍することも潔しとしなかった。イラストのうpを求められるたびに激昂し、怒りの書き込みをして誤魔化した。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心の所為である。
人間は誰でも中二病であり、ワシの場合、この尊大な羞恥心が中二病だった。天狗だったのだ。これがワシを損ない、アニメに逃避させ、漫画に走らせ、ネトゲへとのめり込ませ、果ては、ワシの外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了った訳だ。
才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とがワシの全てだった。ワシよりも遥かに乏しい才能でありながら、煽りに耐え、辛口レスを真摯に受け止めて腕を磨いたために、堂々たる絵師となった者が幾らでも居るのだ。
そう思うと、ワシは今も胸を焼かれるような悔いを感じる。堪らなくなる。そういう時、ワシは空谷に向かって叫ぶ。この胸を焼く悲しみを、誰かに訴えたいのだ。しかし、いくら叫んでも、誰一人、山や樹や月も露も、ワシの気持を分ってくれる者はいない。ちょうど、人間だったころ、画面の向こうのルイズに思いが届かなかったように。
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最早、別れを告げねばならぬ。天狗の心に還らねばならぬ時が、近づいたから、と、佐川の声が言った。
そして、先ほど描いたイラストを受け取ってほしいと東條に寄越した。産を破り心を狂わせてまで執着した物を、一部なりとも世の中に出さないでは、死んでも死にきれないのだと。
最後に、この道の先にある曲がり角まで行ったら、こちらを振り返って見て貰いたい。自分の姿をもう一度お目に掛けよう。我が醜悪の姿を示して、再びここに君が現れて自分に会おうとの気持ちを君に起こさせないためである。
東條は草むらに向かって、懇ろに別れの言葉を述べ、歩き始めた。草むらの中からは、又、耐え得ざるが如き悲泣の声が漏れた。東條も幾度か草むらを振り返りながら、涙の中に歩を進めた。
東條が曲がり角に着いた時、彼は、言われた通りに振り返った。たちまち、一人の天狗が翼をはためかせ空に舞い上がったのを彼は見た。天狗は、既に白く光りを失った月を仰いで、咆哮した。
「ルイズ!ルイズ!ルイズ!ルイズぅうわぁあん!ああ…あっあっー!あああああ!!
髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!かわいい!ルイズたん!
かわいい!あっああぁああ!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
クンカクンカ!スーハースーハー!んはぁっ!ルイズたんの髪をクンカクンカしたいお!この想いよルイズへ届け!!ハルゲニアのルイズへ届け!!!!!」
東條はその姿にしばし唖然とした。そして先程受け取ったイラストに目を落とした。
東條はイラストを丸めると高く空へ放った。イラストは、冷涼な風を切り、白んだ空に高く放物線を描いた後、設置されていたごみ箱の中に着地した。
終わり
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