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月記(2024.08)

8月のはなし。

〔写真:Panasonic LUMIX DC-G9 & LEICA DG VARIO-ELMARIT 50-200mm / F2.8-4.0 ASPH.〕




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ふと音楽が聴けなくなることがある。嫌悪感ではない。あまりにも豊かすぎて溺れてしまいそうな、海を恐れる感覚に近いのかもしれない。




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人間は壁をつくる生き物だ。言い換えれば、境界をつくる生き物だ。なにかとなにかを区別して認識するために、境界をつくる。壁というのはそうした習性が生み出す物のひとつだ。

RAYが主催したライブ「Destroy the Wall」を見に行った。ライブを見に行くこと自体2ヵ月ぶりの身には、だいぶ響きすぎる夜だった。downy、明日の叙景、MO'SOME TONEBENDERという凄まじいラインナップ。これらはすべて、アイドルグループ・RAYに楽曲提供をしているという共通点で繋がっている。このなかで僕が知っていると自負できるグループは、RAYとdownyの二組だ。恥ずかしながら他の二組については不勉強だったが、所縁あるこのラインナップであれば、面白くないわけがないという信頼ならあった。最近は音楽で溺死することを恐れている僕でも、この音楽なら溺れても死なないだろうと思えた。現にこうして生還し、この文章を書いているのだ。

残念ながらいまだに日々の不安は消えていない。見知らぬ音楽を恐れ、不意に心に流れ込んでくることがないように、防壁をつくりながら暮らしている。ただ、いつ壁を超えるのかは自由だし、壊したくなったら壊したっていいし、そもそも壊れてしまうときは勝手に壊れる。




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幼いころから流行りを敵視してきた。俗にいうミームというやつも同様だ。世に謎のドラゴンが現れ、好きな惣菜等を発表して回っていることを知っても、見ないふりをし続けてきた。

それでも逃がしてくれないのが流行りというものだ。今年の3月、愛聴しているラジオ番組にて、オモコロ編集長・原宿さんが唐突に好きな銀行を発表した。不意打ちで耳に叩き込まれたメロディが僕の防壁にヒビを入れていった。

今月6日、バーチャルベーシスト・花奏かのんさんがゲスト出演するということで、AWA公式番組「アワステ」を聴いていた。やはり逃げ切らせてくれないのが流行りというものだ。続いたゲスト・ンバヂさんのトークにfox capture planの名前が出てきたあたりで、完全に僕の防壁は壊れていた。ピアノ、ベース、ドラムの3ピース・インストゥルメンタル編成に感銘をうけたンバヂさんが考え出したのが、「好きな惣菜発表ドラゴン」なのだという。なにを言っているんだろう。直後に流れた当該楽曲がその答えだった。

かっこよすぎる。ミームとしての表層しか認識していなかった浅はかさ。流行るものにはちゃんと理由があることくらい、いいかげん理解しているはずだ。個人がせき止められる流れの大きさには限界がある。




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人間が海を恐れ、感謝して生きてきたように、一度音楽をそう捉えてしまったからには、うまく付き合いながらやっていくしかない。壁を作り直すことはできるが、流れ込んでしまったものの痕跡を完全に消すことは難しい。

苔むした崩れた壁の残骸が散らばり、くるぶしの高さくらいまで水浸しになっている、新海誠作品に出てきそうなイメージを思い浮かべる。そんな世界にも日々、コツコツと最新の壁がつくられている。いつかその壁は壊れて、かつて壁があったのだと語り継がれる。例えば、歌として。

人間が海と共に生きてきたように、人間は音楽と共に生きてきたのだ。






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